抜毛症(髪や眉毛、まつ毛を抜きたくなる衝動)について
国際的な診療ガイドラインに基づく
概要
抜毛症(ばつもうしょう)は、本人の意思に関係なく髪の毛や眉毛、まつ毛などを繰り返し抜いてしまう病気です。「ただの癖」ではありません。ストレスや不安への対処の仕方として、無意識に毛を抜いてしまうことが多く、医学的には「心の健康」に関わる”身体集中反復行動(からだにじゅうちゅうはんぷくこうどう)”の一つに分類されています。我慢しようとすればするほど症状が続き、抜いた後は一時的に落ち着く一方で、抜けた部分やハゲた場所を見て苦しくなるという悪循環が起こります。
重要な事実
- 抜毛症は本人の意志の弱さや育て方が原因で起こるものではありません。脳の働きやストレスへの反応の仕方が関係しているとされています。
- 毛を抜く前の“むずむずした衝動”と、抜いた後の“ホッとした感覚”を伴うことが特徴です。
- 治療は「認知行動療法」や「習慣逆転法」といった心理療法が中心になります。早めに医療機関へ相談すると改善しやすいです。
- 抜いた毛を飲み込んでしまう場合は、腸につまって重い症状を起こすことがあり、緊急治療が必要になることもあります。
- どれだけの期間続くかは人それぞれですが、多くの人は適切な支援を受けることで、抜く回数を減らし自信を取り戻すことができます。
珍しい病気ではなく、100人に1人程度の割合で見られると言われています。思春期に始まることが多く、特に10代前半から20代にかけて目立つ症状が出ることがあります。実際には周囲に知られたくないという思いから、受診するまでに時間がかかる人も多いです。
子どもから大人まで、どの年齢でも発症する可能性があります。女性は男性よりも医療機関を受診する割合が高いですが、男性にも見られます。親から子へのストレス反応の遺伝的な傾向や、真面目で完璧主義な気質の人が多いと言われていますが、どんな人がなってもおかしくない病気です。
症状
- 抜いた毛を大量に飲み込んだために、激しいおなかの痛み、嘔吐(おうと)、便がまったく出ない、おなかがパンパンに張る症状が見られる(毛玉(もうだま)が腸をつまらせている可能性)。
- 自分を傷つけたいという強い気持ちがあり、行動に移そうとしている、または自傷行為で思わぬ大けがをした。
- 毛を抜いた部分がひどく化膿(かのう)して、赤く腫れ上がり、発熱を伴う場合。
- ⚠毛を抜く部分が激しくかゆみ、皮膚がただれている。
- ⚠抜いた毛の根元に血や膿(うみ)がつくなど、頭皮やまつ毛の生え際に感染が疑われる症状がある。
- ⚠抜毛によってかなりの量の髪が無くなり、日常生活や仕事・学校生活に支障が出ている。
- ⚠家族や友人に知られたくないという強い不安で、外出や人との会話を避けている。
一般的な症状
- 髪の毛を抜きたくなる強い衝動を感じる。
- 抜く前は緊張・ストレス・むずむずした焦りを感じ、抜いた後に「すっきりする」「落ち着く」感覚がある。
- 頭髪のあちこちに円形のハゲ(脱毛斑)ができる、つむじ付近の毛がまばらになるなど、分け目や生え際の形が不均一になる。
- まつ毛や眉毛、脇毛、すね毛など、頭髪以外の毛を抜くこともある。
- 抜いた毛を指でこすったり、口元に近づけたり、中には飲み込んでしまう人もいる。
- 抜ける量や抜いた場所を隠すために、ヘアスタイルを工夫したり帽子やウィッグを使用したりする。
子供の症状
- 幼稚園や小学校低学年では、眠い時・退屈な時・テレビを見ている時などに無意識に髪を触り、そのまま抜いてしまうことがあります。
- しつけや叱責が原因ではありません。「やめなさい」と注意されるほど、逆に隠れて抜いてしまう傾向があります。
- 多くの子どもは成長とともに自然におさまりますが、小学生高学年以降に続く場合や本人が困っている場合は相談が勧められます。
高齢者の症状
- 高齢者の場合、寂しさや身近な人を失った悲しみ、閉じ込められた感覚、日常的なストレスなどの心理的な原因で毛を抜くことがあります。
- 視力が低下し、目や手に触れる機会が増えた結果として毛を抜くことに気づくこともあります。
- 高齢で毛根や頭皮が弱くなっていると、同じ毛を何度も抜くことで感染症や皮膚の炎症を起こしやすくなります。
原因
主な原因
- 脳の「報酬系」の働きが関係しています。毛を抜いた時にドーパミンなどの神経伝達物質が放出され、一時的に気持ちが落ち着くため、行動がくり返されやすくなります。
- ストレス・不安・退屈・疲れ・孤独感などの感情をうまく言葉で表現できず、その代わりに毛を抜いて心の緊張を和らげようとする“不適応なストレス対処法”の一つと考えられています。
- 家族や親戚に抜毛症や不安障害、強迫症(OCD)の人がいると発症しやすいという報告があり、遺伝的な要因が関与すると考えられています。
- 特定のもともとの性格(完璧主義、感受性が高い、我慢しがち)と環境要因が重なって発症することがあります。
リスク要因
- 幼少期に親からの厳しいしつけや家庭内のストレスを経験した。
- 不安症、強迫症、注意欠如・多動症(ADHD)、チック症などの併存する心の病気を持つ。
- 思春期または若年成人期である。
- 身近な人がハゲや毛髪の変化に対してからかった経験がある。
- 過度のダイエットや睡眠不足で心身が弱っている。
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 抜いた毛を大量に飲み込み、激しい腹痛、嘔吐、排便がないなどの症状がある。
- 自分自身を傷つけたいという気持ちが強く、危険を感じる。
- 抜いた部分の皮膚が化膿して腫れや発熱が続いている。
定期受診を予約すべき場合:
- 髪やまつ毛などを抜きたいという衝動が何か月も続いている。
- 抜毛のせいで髪が薄くなってきた、または円形のハゲが目立つようになってきた。
- 毛を抜くことを止められず、仕事・勉強・人間関係に支障が出ている。
- 毛を抜いた後、恥ずかしさや自己嫌悪で気持ちがふさぎ込んでいる。
- 「単なる癖」と思っているが、もう一度だけでも専門家の意見を聞きたい。
診断
抜毛症の診断は、特別な検査器具は不要で、医師があなたの話をじっくり聞くことで行われます。まず「どんな時に毛を抜きたくなるのか」「抜く前にどんな気持ちになるのか」「抜いた後にどう感じるか」などの質問に答えます。また、髪の毛が抜けている場所の形や範囲、まつ毛・眉毛の状態を確認します。頭皮に炎症や感染がないかを皮膚科医が診察することもあります。
行われる可能性のある検査
- 頭皮や毛髪の状態を確認するための視診(ししん)
- 他の脱毛症(円形脱毛症や男性型脱毛症など)を除外するための皮膚科的な診察
- 必要に応じて、毛根や頭皮の状態を調べる簡単な検査や血液検査
- 心理面を評価する面接質問票(症状の頻度・強さ、気分や不安の程度を調べます)
診察で予想されること
初めての診察では、緊張しなくて大丈夫です。医師は「あなたが悪い」と言うのではなく、困っている症状を理解しようとしてくれます。診察時間は10〜20分程度、話しやすい雰囲気で行われます。「毛を抜いてしまう」ことを口にするのが恥ずかしい場合は、まず「髪の毛が少なくなってきた」とだけ話しても構いません。医師が自然に病名につながる質問をしてくれます。診察後には、治療の選択肢(心理療法や薬物療法)について専門的な説明を受けることになります。
治療
抜毛症の治療はまず「心理療法」から始まります。中でも治療効果が高いとされるのが、**習慣逆転法(しゅうかんぎゃくてんほう)**と**認知行動療法(にんちこうどうりょうほう)**です。また、内服薬として、脳内のセロトニンや神経伝達物質の働きを整える薬が使われることがありますが、どの薬を使うかは医師があなたの症状や併存疾患に合わせて慎重に決めます。治療は、抜くことを完全にやめることだけを目指すのではなく、「抜きたくなる感覚をうまくやり過ごす」スキルを身につけることが中心になります。
自宅でのセルフケア
- 「抜きたくなったときの前ぶれ」を知るために、抜いた毛の本数や時間帯、その時の気分を日記に付けてみましょう。
- 毛を抜きたくなったら、ストレスボールを握る、手にクリームを塗る、編み物や折り紙など手を使う活動に切り替えてみましょう。
- 抜きやすい環境を変える工夫をしましょう(夜に毛を触りたくなる場合は、就寝時に帽子や手袋を着ける、鏡を大きく見ない、ピンセットを手の届かない場所にしまう)。
- 自己批判をやめる練習をしましょう。もし抜いてしまっても、「今日は少し抜いてしまったけれど、半分は抜かなかった」と前向きに評価することが大切です。
- 十分な睡眠、栄養、軽い運動を心がけ、ストレスをため込まないようにしましょう。
医療治療
医療機関では、心理療法と合わせて、薬物療法が行われる場合があります。主に抗うつ薬や抗不安薬の一部(脳内のセロトニンの働きを整えるSSRIなど)が使われることがありますが、効果や副作用には個人差があり、必ず処方されるわけではありません。薬は医師の診断と処方に基づいてのみ使用します。また薬だけでは不十分な場合は、精神科で「精神療法(カウンセリング)」を継続する方法や、外来での認知行動療法プログラムを案内されることもあります。どれが合うかは、医師と一緒に話しながら決めていくことになります。
手術が検討される場合
抜毛症そのものに対する外科手術はありません。ただし、髪を抜き続けて頭皮に大きな皮膚の損傷が残った場合や、若いまま毛根が失われてしまう場合は、皮膚科で皮膚の状態の治療や植毛(しょくもう)などの形成外科的な選択肢を検討することがあります。しかし、あくまで見た目へのケアであって、元の抜毛の衝動そのものには心理療法などの治療が優先されます。
この病気と共に生きる
抜毛症とうまく付き合うには、「今日は抜かないぞ」と理想を掲げるよりも、まず自分がどんな時に抜きたくなるかを観察することが大切です。朝の身支度、テレビを見ている時、スマホを見ながらの時、机で考えごとをしている時……。そのきっかけがわかれば、その場面を避ける工夫や、手を別のことに使う代替行動をあらかじめ準備できます。また、抜きたくなった時の切迫感は自然に数分で弱まる特徴があります。「その一瞬をやり過ごす」ための数分間のストレッチや深呼吸を試してみましょう。
生活習慣のアドバイス
- 睡眠を十分にとりましょう。疲れていると衝動が強くなりやすくなります。
- 規則正しい食事と適度な運動(散歩、ヨガ、ストレッチなど)で心身の緊張をほぐしましょう。
- アルコールやカフェインの過剰摂取は、感覚を鈍らせたり不安を強めたりするため、適量を心がけましょう。
- 自分を責める時間を減らすために、毎日「今日できたこと」を小さく記録する習慣を作りましょう。
- 一人で抱え込まず、信頼できる家族や友達に「癖がある」と伝えてみましょう。周囲の理解が勇気になります。
食事と運動
特別な食事法はありません。ただし、毛の成長のために良質なたんぱく質、亜鉛、鉄、ビタミン類が不足しないようにすることが大切です。卵、魚、大豆製品、緑黄色野菜などをバランスよく食べましょう。朝のジョギングやストレッチなどの軽い運動は、ストレスホルモンを減らし、気分を安定させる効果が科学的に示されています。無理のない範囲で続けましょう。
精神的健康と心の健康
抜毛症は「癖」ではなく、精神的にかなりの苦痛を伴う病気です。毎日のように髪を抜き、鏡を見るたびに無くなっている毛を見ることで、自己嫌悪・恥ずかしさ・絶望感を抱えやすくなります。また、「周りに気づかれたらどうしよう」という不安や、「抜毛を止められない自分はダメだ」という負い目から、うつ状の気分になることもあります。こうした感情は「あなたが悪い」のではなく、症状の一部です。医療機関では、毛髪の治療だけでなく、こうした心の負担を軽くするためのカウンセリングも受けることができます。もし「もう生きていたくない」という気持ちが強くなっている場合は、ためらわずに精神科医療機関や救急サービス(119番)に連絡してください。
予防
完全に予防することはできませんが、ストレスと向き合う方法を早い段階で身につけることで、重症化を防ぐことはできます。子どもや思春期の場合は、家族が髪の脱毛に気づいた時に、否定せず「どのくらい困っているのか」を優しく聞いてあげることが大切です。毛を抜きそうになっていることに気づいたら、声をかけて別の活動へ誘導するなどの環境調整が予防に役立ちます。
合併症
治療しない場合
- 頭皮やまつ毛の生え際に繰り返し毛根を刺激することで、皮膚の炎症や細菌感染(毛包炎)を起こすことがあります。
- 髪の毛が薄くなり、ハゲが目立つようになります。毛根がダメージを受けると、完全に毛が生えなくなる危険があります。
- 抜いた毛を飲み込む習慣(食毛症)があると、毛が胃腸の中で絡まって大きな塊を作り、腸閉塞を起こして緊急手術が必要になることがあります。
- 容姿への悩みから学校や仕事を休むなど、社会生活が大きく制限されることがあります。
- 長引く自己嫌悪や孤立感から、うつ病や不安障害につながることがあります。
長期的な見通し
抜毛症は治療の効果が出やすい病気です。特に心理療法を継続した多くの方が、症状をコントロールできるようになり、髪の毛が生え揃い、普段の生活に自信を取り戻しています。完全にゼロにすることを目指さず、自分のペースで少しずつ改善していくことがカギです。諦めずに専門家のサポートを受けることで、必ず未来は明るくなります。
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最終更新: 2026年8月2日
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