認知症の人とのコミュニケーション ― 伝え方のちょっとした工夫
概要
認知症(にんちしょう)は、脳の働きが少しずつ変わっていくことで、覚える・考える・言葉を選ぶといった力がゆっくり低下していく状態です。そのため、こちらがふつうに話しかけても、うまく伝わらないことがあります。ここで大切なのは「まちがいを正す」ことではなく、「おたがいが安心して気持ちを伝え合える道をつくる」ことです。話す速さ、声のかけ方、周りの環境を少し変えるだけで、会話はずっと楽になります。
重要な事実
- 認知症では、聞いたことを覚えておく力や、言葉を組み立てる力が変化します。伝わらないのは、本人の努力不足ややる気の問題ではありません。
- 一度にひとつのことを、ゆっくり短く伝えると、理解しやすくなります。
- 話の内容が通じにくくなっても、やさしい声や穏やかな表情は最後まで伝わりやすいと言われています。
認知症はとても身近な状態で、日本でも多くの人が診断を受けながら地域で暮らしています。家族や介護する人が「何度言っても伝わらない」と悩むのは、決して珍しいことではありません。
認知症の人ご本人と、その家族・介護者・友人など、まわりで関わるすべての人に関わります。買い物、通院、食事、電話など、日常のあらゆる場面が対象です。
症状
- 突然ろれつが回らない、顔がゆがむ、片側の手足が動かない(脳卒中のサインの可能性があります)
- 急に意識がぼんやりして、呼びかけへの反応が弱い
- 転倒やけがのあと、急に会話がかみ合わなくなった
- 本人やまわりを傷つけるおそれのある激しい興奮が続いている
- ⚠数日のうちに、急に会話が成り立たなくなった
- ⚠発熱や水分不足が疑われ、ぼんやりしている
- ⚠薬が変わったあとで、様子が大きく変わった(薬の名前は主治医・薬剤師に確認してください)
- ⚠聞こえが急に悪くなった、補聴器(ほちょうき)の調子が合っていない気がする
一般的な症状
- 同じことを何度も聞く、同じ話を繰り返す
- 質問の意味がつかめず、返事が止まる、話がかみ合わない
- 言葉が出てこない、別の言葉に置きかわる
- いくつもの用事を一度に言われると混乱する
- 大きな声や急な予定の変更で、不安や怒りが強くなりやすい
- 悲しみや怒りの気持ちが長く続き、切りかえが難しい
- 騒がしい場所や初めての場所で、会話が難しくなる
子供の症状
- 子どもが祖父母などと話すとき、早口や長い説明だと伝わりにくいことがあります
- 「さっき言ったでしょ」と責められると、子どもも本人も傷ついてしまいます
- 子どもには「病気のせいで忘れやすくなっているんだよ」と、やさしく説明してあげると理解しやすくなります
- はい・いいえで答えられる短い質問や、写真やジェスチャーを使うと、子どもでも無理なく話せます
高齢者の症状
- 聞こえにくさや視力の低下が重なり、会話がさらに難しくなることがあります
- 疲れやすいので、長い会話より短い会話を何度も重ねるほうが楽です
- 夕方になると不安が強くなったり、落ち着かなくなったりすることがあります
- 大勢の集まりや、なじみのない場所が苦手になることがあります
原因
主な原因
- 認知症そのものによる、記憶や言葉の働きの変化
- 聞こえや視力の低下(聞こえないと、話が通じないように見えます)
- 環境の影響:騒音、暗さ、なじみのない場所、急な予定変更
- 体調の影響:痛み、便秘、水分不足、睡眠不足、感染症
- 薬の影響で、ぼんやりしたり落ち着かなくなったりすることがある
- 不安や気分の落ち込み(うつ)が、会話を難しくすることがある
リスク要因
- 高齢であること
- 聞こえにくさ(難聴は認知症とも関わりが深いと言われています)
- 人と会う機会が少ない、会話の機会が減っている
- 高血圧や糖尿病などの生活習慣病
- 疲れているとき、体調がすぐれないとき
- 慣れない環境や、急な変化が多いとき
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 急に会話が通じなくなった、意識がぼんやりしている
- 転倒やけがのあとで様子がおかしい
- 強い興奮や不安が続き、本人もまわりも安全に過ごせない
- 発熱や水分不足が疑われる
定期受診を予約すべき場合:
- 同じことを何度も聞くなど、会話の困りごとが増えてきた
- 聞こえが悪くなった気がする、テレビの音が大きくなった
- 家族が「どう伝えればいいかわからない」と疲れている
- 気分の落ち込みや不安が続いている
診断
ふだんの診察で、本人と家族の両方から話を聞き、会話の様子をみながら進めます。伝わりにくさの背景に、認知症のほか、聞こえの問題や体調、薬の影響が隠れていないかを一緒に確かめていきます。
行われる可能性のある検査
- 問診(本人と家族から、困っていることを聞き取ります)
- 認知機能検査(言葉や記憶に関する簡単なテスト)
- 聞こえの検査
- 血液検査(体の状態や、他の原因がないかの確認)
- 頭の画像検査(CTやMRI)
- 家族への聞き取り(日常生活での様子)
診察で予想されること
検査は痛みを伴うものではなく、特別な準備もほとんどいりません。一度の診察ですべてが決まるとは限らず、時間をかけて様子をみていくこともあります。家族や介護する人が同席すると、伝えたいことが伝えやすくなります。
治療
コミュニケーションの困りごとは、伝え方や環境を工夫することで大きく減らせます。これは特別な治療ではなく、毎日の暮らしを支える大切なケアです。あわせて、聞こえのケアや体調管理、気分のサポートも役立ちます。
自宅でのセルフケア
- 話す前に名前を呼び、正面から目線を合わせてから話し始める
- 静かな場所を選び、ゆっくり・短く・はっきりと話す
- 一度にひとつのことだけを伝える
- 「あれ」「それ」ではなく、「お茶」「上着」など具体的な言葉を使う
- はい・いいえで答えられる質問を多めにする
- 言い間違いをすぐ訂正せず、まず気持ちを受けとめる
- 言葉だけでなく、表情・身ぶり・写真・メモも使う
- 急かさず、返事を待つ(待つ時間がとても大切です)
- 聞こえを助ける工夫をする(近くで話す、補聴器を調整する)
- 夕方など疲れやすい時間は、無理に会話を増やさない
医療治療
認知症の原因や症状に応じて、医師が必要と判断した場合に治療が行われることがあります。くわしい内容や薬の名前・量については、必ず主治医や薬剤師に確認してください。この記事では具体的な薬の名前や量はお伝えしません。あわせて、言語聴覚士(げんごちょうかくし)や作業療法士などの専門職による支援、聞こえのリハビリ、地域の集いの場なども、会話を支える力になります。
手術が検討される場合
コミュニケーションの工夫そのものを目的とした手術は、通常ありません。ただし、聞こえを助ける機器の調整など、専門家の支援が役立つことはあります。
この病気と共に生きる
会話を「テスト」にしないことが大切です。今日は何を覚えているかを確かめるのではなく、短い会話を何度も重ねる。伝わったら一緒に喜ぶ。伝わらなくても、その時間が安心につながります。本人のペースに合わせることを、いちばんの優先にしてください。
生活習慣のアドバイス
- 朝に日光を浴びて、昼と夜のリズムを整える
- 会話の時間を短く区切り、こまめに休む
- なじみの写真や家具、いつもの場所を残しておく
- 聞こえのケアを続ける(補聴器の点検など)
- 介護する人も、ひとりで抱えずに休む時間をつくる
- 家の中のものを減らし、わかりやすい配置にする
食事と運動
バランスのよい食事と、水分をこまめにとることが、ぼんやりしにくさにつながります。便秘も会話の落ち着かなさに関わることがあるので、気にかけてください。散歩など無理のない範囲の運動は、気分転換と睡眠のリズムづくりに役立ちます。
精神的健康と心の健康
伝わらないことが続くと、家族は「もっと上手に話さなければ」と自分を責めやすく、本人も不安や悲しさを抱えがちです。イライラしたり落ち込んだりするのは自然な反応です。つらい気持ちが続くときは、かかりつけ医やお住まいの自治体の相談窓口、地域の保健センターに相談してください。気持ちが追い詰められて自分や他人を傷つけそうだと感じたら、ためらわずに119番へ連絡してください。
予防
認知症そのものを完全に防ぐ方法は、今のところわかっていません。ただ、会話の困りごとは工夫で減らせます。聞こえのケアを続けること、体を動かすこと、人と会う機会を持つこと、血圧などの生活習慣病を管理することは、暮らしやすさを支えると言われています。
検診プログラム
健診の場や自治体の取り組みで、認知機能の簡単なチェックが受けられることがあります。聞こえが気になるときは、耳鼻咽喉科などで聞こえの検査を受けることも大切です。住んでいる市区町村の窓口にたずねてみてください。
合併症
治療しない場合
- 会話が減り、人と会う機会が少なくなって孤立しやすくなる
- 不安や気分の落ち込みが強くなることがある
- 介護する人の疲れがたまり、体調をくずしやすくなる
- 誤解から、家族の間で言い争いが増えることがある
- 通院や服薬、食事の管理が難しくなることがある
- 転倒や事故のリスクが上がることがある
長期的な見通し
伝え方を少し変えるだけで、会話が戻ってくることがたくさんあります。今日うまくいかなくても、明日は違うことがよくあります。ひとりで抱え込まずに、医療者や地域の窓口と一緒に工夫を重ねていけば、穏やかに過ごせる時間はしっかり増やせます。
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最終更新: 2026年10月23日
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