認知症による感情の変化〜イライラや不安とのつきあい方
概要
認知症になると、もの忘れだけでなく、気持ちの面にもいろいろな変化が現れることがあります。急に怒りっぽくなる、不安が強くなる、何をするにもやる気が出ない、涙もろくなる、といった変化です。これは「行動・心理症状」と呼ばれ、英語の頭文字をとってBPSD(ビー・ピー・エス・ディー)とも呼ばれます。認知症そのものによる脳の変化に加えて、体の具合、まわりの環境、人との関わり方などが重なって起こると考えられています。つまり、本人の性格が悪くなったのでも、家族の愛情が足りないのでもありません。工夫や支援でやわらぐことが多い、よくある変化のひとつです。
重要な事実
- 感情の変化は認知症のある方にとてもよく見られ、病気の一部として起こります。
- 体の不調(痛み、便秘、脱水、感染など)や、急な環境の変化がきっかけになることがあります。
- 薬だけでなく、声のかけ方や生活環境の工夫で落ち着くことが多いと言われています。
とてもよくあります。認知症のある方の多くが、何らかの形で気分の落ち込み、不安、イライラ、無気力などを経験すると言われています。介護する家族にとっても「どう対応していいかわからない」と感じる大きな理由のひとつです。
認知症と診断された本人と、その家族・介護をする方々です。認知症は主に高齢の方に多い病気ですが、若い世代で発症する場合もあります。感情の変化は、介護する人の心の健康にも影響することがあります。
症状
- 自分自身や他の人を傷つける恐れがあるとき(暴力、危険な行動)
- 「死にたい」と話す、自ら命を絶とうとする様子があるとき
- 意識がもうろうとしている、急に反応がおかしくなったとき
- けいれんが起きた、息が苦しそう、胸を痛がるなど急な体の異常があるとき
- ⚠強い興奮や不眠が続き、家族だけでは安全を保つのが難しいとき
- ⚠食事や水分をほとんどとれない日が続くとき
- ⚠強い恐怖や幻覚のために、落ち着いて過ごせない状態が続くとき
- ⚠気分の落ち込みが急に強くなった、涙が止まらない状態が続くとき
- ⚠介護する側が限界に近いと感じるとき(早めに相談することが大切です)
一般的な症状
- 不安が強くなる(「物をなくした」「お金を盗られた」と落ち着かないなど)
- 気分の落ち込み、涙もろくなる、悲しみが続く
- イライラして怒りっぽくなる、大声を出す
- やる気が出ない、何もしたくない(アパシー=意欲の低下)
- 夜になると落ち着かない、そわそわして歩き回る
- ささいなことで興奮する、手がつけられないように見える
- 食べることや身だしなみへの関心が減る
- 自分の失敗を認めにくくなる、人の助言を受け入れにくくなる
- 幻のようなものを見たり聞いたりして怖がる
- 感情の起伏が少なくなり、表情が乏しくなる
子供の症状
- 子どもが認知症になることはほとんどありません。
- 祖父母の感情の変化に、子どもが不安やとまどいを感じることがあります。「病気のせいで変わったんだよ」とやさしく説明してあげると安心しやすいです。
- 家族が介護で忙しくなると、子どもがさみしさを感じることがあります。気持ちを聞く時間を意識してつくるとよいでしょう。
高齢者の症状
- 高齢の方では、もの忘れより先に「気分の落ち込み」や「意欲の低下」が目立つことがあります。
- うつ病(気分の病気)と認知症は似た症状を出すことがあり、見分けるために医師の評価が必要です。
- 体の痛み、便秘、脱水、睡眠不足、聴こえにくさなどが、感情の変化を強めることがあります。
- 薬の影響で気分や落ち着きが変わることがあるため、飲んでいる薬は医師・薬剤師に伝えましょう。
原因
主な原因
- 認知症による脳の変化そのもの(もの忘れへの不安や、状況が理解しにくくなることから感情が揺れる)
- 体の不調(痛み、便秘、脱水、発熱、感染、睡眠不足など)
- 急な環境の変化(引っ越し、入院、施設入所、家族の不在など)
- 薬の影響(新しく始めた薬、飲み合わせなど)
- 伝わりにくさ・すれ違い(聞こえにくい、説明が長い、急かされるなど)
- 役割や人とのつながりの喪失(仕事をやめた、外出が減った、友人と会えなくなった)
- もともとの性格や、これまでの生き方・価値観
リスク要因
- 認知症の進行にともなう変化
- 聴力や視力の低下(まわりの情報が入りにくくなる)
- 痛みや体調不良をうまく伝えられないこと
- 孤独や人との交流の減少
- 睡眠の乱れ、夜間の不安
- 過去にうつ病や不安障害があった方
- 介護する家族の疲れや孤立(本人にも影響することがあります)
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 自分や人を傷つける恐れがあるとき
- 「死にたい」という気持ちがみられるとき
- 意識がもうろうとする、急にぐったりするなど、いつもと明らかに違う状態のとき
- 食事や水分がとれない状態が続くとき
定期受診を予約すべき場合:
- 気分の落ち込みや不安が2週間以上続くとき
- イライラや興奮が増え、家族の対応が難しくなってきたとき
- 趣味や身の回りのことへの関心が明らかに減ったとき
- 新しい薬を始めたあとから、様子が変わったとき
- 介護する家族が「つらい」「眠れない」と感じているとき
診断
医師は、本人と家族の両方から話を聞き、いつから、どんな場面で、どんなふうに気持ちが変化するのかを確認します。そのうえで、体の病気や薬の影響が隠れていないかを調べ、認知機能の状態や気分の状態を評価します。うつ病など、似た症状が出る他の原因を見分けることも大切な目的です。
行われる可能性のある検査
- 本人と家族への問診(生活の様子、睡眠、食欲、これまでの経過)
- 認知機能をみる検査(記憶や注意力などを簡単な質問や図形で確認)
- 気分や行動をみる評価(不安・抑うつ・意欲などの質問票)
- 血液検査(貧血、甲状腺の働き、栄養状態、感染など体の原因を確認)
- 頭部の画像検査(CTやMRIで脳の状態を確認)
- 聴力・視力の確認、服薬中の薬の整理
診察で予想されること
一度の診察で結論が出ないことも多く、何回か通いながら様子をみていくことがあります。家族や介護する方が一緒に行き、気づいたことをメモして持参すると役立ちます。診察では「いつ」「どんなときに」「どうなったか」を具体的に伝えると、原因を探りやすくなります。
治療
まず体の不調(痛み、便秘、脱水、感染、睡眠不足など)を整え、生活環境をわかりやすくすることが土台になります。そのうえで、声のかけ方や日中の過ごし方の工夫、家族の関わり方の調整などを組み合わせます。気分や興奮が強い場合には、医療による治療が検討されることもあります。治療は「症状をゼロにする」ことより、「本人も家族も穏やかに過ごせる時間を増やす」ことを目指します。
自宅でのセルフケア
- 話しかけるときは、短く、ゆっくり、穏やかな声で伝える
- 一度にたくさんのことを頼まず、ひとつずつ一緒に行う
- 「違う」と否定せず、まず気持ちを受けとめてから話題を変える
- 日中の光を浴び、昼寝は短めにして、夜の睡眠を整える
- 予定を立てすぎず、わかりやすい手順やメモ、目印を活用する
- できることは本人にやってもらい、役割と自信を保つ
- 介護する側が休む時間を意識してつくる(交代や短時間の休息でも効果があります)
- 気づいたことを簡単に記録し、受診時に見せられるようにする
医療治療
医療の場面では、認知症の進行をゆるやかにするための治療が行われることがあります。また、不安、気分の落ち込み、イライラや興奮などに対して、気持ちを整えるための治療が検討される場合があります。薬を使うかどうかは、本人の状態、体の病気、飲み合わせ、生活への影響をふまえて医師が判断します。薬は効果だけでなく、眠気やふらつきなどの副作用もあるため、使う場合も定期的に見直します。薬の名前や量は、必ず処方した医師・薬剤師の説明に従ってください。
手術が検討される場合
感情の変化そのものを手術で治す治疗は一般的ではありません。ただし、脳の病気など別の原因が見つかった場合には、その治療が優先されることがあります。
この病気と共に生きる
毎日の生活リズムをできるだけ同じにし、急な予定変更を減らすと、気持ちが安定しやすくなります。イライラしているときは、その場で言い返さず、少し時間をおいて、落ち着いてから短く声をかけるとよいでしょう。ひとりで抱え込まず、家族や周囲の人と「どう対応するか」をあらかじめ話し合っておくと、気持ちに余裕が生まれます。
生活習慣のアドバイス
- 起きる時間・食事・寝る時間をできるだけ一定にする
- 日中に軽い散歩や家事など、体を動かす機会をつくる
- 人と話す機会を保つ(家族、友人、地域の集まり、認知症カフェなど)
- 趣味や好きな音楽、昔の写真など、安心できる時間を大切にする
- 部屋の明かりを適切にし、夜間に転倒しないよう足元を整える
- 介護する人も、自分の休息と楽しみを予定に入れる
食事と運動
食事は、野菜・果物・魚・大豆製品などをバランスよくとり、塩分をとりすぎないように心がけましょう。水分が足りないと気分や体調が乱れやすいので、こまめな水分補給も大切です。運動は、無理のない範囲での散歩やストレッチなどがおすすめです。転びやすい方は、手すりや歩行の補助具などを使って安全を確保しましょう。食事や運動の内容は、持病に合わせて医師や管理栄養士に相談すると安心です。
精神的健康と心の健康
感情の変化は、本人の自信や安心感を揺さぶります。同時に、介護する家族も、疲れ、悲しさ、いらだち、罪悪感を感じることが少なくありません。それは自然なことです。眠れない、気分が晴れない、涙が止まらないなどが続くときは、ひとりで抱えず、かかりつけ医や自治体の相談窓口、家族会などに話してください。「死にたい」と感じるときや、自分を傷つけたい気持ちがわいたときは、すぐに救急(119)や地域の緊急の相談先を利用してください。
予防
認知症そのものを完全に防ぐ方法は、今のところ確立していません。ただし、厚生労働省も生活習慣の見直しや社会とのつながりを保つことが大切だとしています。感情の変化については、体調を整えること、環境をわかりやすくすること、人との関わりを保つことで、起こりにくくしたり、長引かせないようにしたりできる可能性があります。
検診プログラム
もの忘れや気分の変化が気になるときは、自治体の健康相談や「もの忘れ相談」、かかりつけ医に早めに相談しましょう。定期的な健康診断で血圧や血糖、聴力などの状態を確認することも、生活の土台を整える助けになります。
合併症
治療しない場合
- 気分の落ち込みが長引き、食事や水分がとれなくなることがあります
- 不安や興奮が強くなり、転倒やけがの危険が増すことがあります
- 睡眠が乱れ、本人も家族も疲れがたまりやすくなります
- 介護する家族の心身の疲労が進み、支えが難しくなることがあります
- 入院や施設入所など、住まいの変化が早まることがあります
長期的な見通し
感情の変化は、波がありながら続くこともありますが、体調を整え、関わり方や環境を工夫することで、落ち着くことは少なくありません。よい時期と難しい時期を行き来するのがふつうです。早めに相談し、家族や地域の支えを借りながら、穏やかに過ごせる時間を少しずつ増やしていくことができます。
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最終更新: 2026年10月23日
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