糖尿病性筋萎縮症(とうにょうびょうせいきんいしゅくしょう)
概要
糖尿病性筋萎縮症は、糖尿病がある人に起こる神経の病気のひとつです。腰やおしり、太ももの神経(神経根や神経叢と呼ばれる神経の集まり)に炎症が起きて、強い痛みとともに、太ももの筋肉がやせて力が出にくくなる状態を指します。英語の名前から「糖尿病性腰仙部神経根叢症(ようせんぶしんけいこんそうしょう)」と呼ばれることもあります。多くの場合、片側だけに起こります。糖尿病による神経の障害(糖尿病性神経障害)にはいくつか種類がありますが、これは比較的めずらしいタイプです。
重要な事実
- 太ももやおしりの強い痛みから始まり、数週間かけて筋肉がやせて脚の力が入りにくくなることが多いです。
- 糖尿病のある人に起こりますが、糖尿病と診断される前や、血糖コントロールが良くなった時期に始まることもあります。
- 時間はかかりますが、痛みは比較的早く落ち着き、筋力も少しずつ戻ることが多い病気です。
めずらしい病気です。糖尿病のある人のおよそ100人に1人未満程度といわれ、よく知られている足のしびれ(末梢神経障害)に比べるとずっと少ないです。ただ、糖尿病の人は多いため、実際には一定数の方が経験しています。
糖尿病のある大人、とくに50〜70歳代の2型糖尿病の方に多くみられます。1型糖尿病でも起こることがあります。男女差はあまりありません。急に体重が減った方や、血糖値が大きく変化した時期の方に起こりやすいといわれています。子どもにはほとんどみられません。
症状
- 突然の片側の手足のまひ、顔のゆがみ、ろれつが回らない、言葉が出ない(脳卒中のサインの可能性)
- 突然の激しい胸の痛み、息苦しさ、冷や汗
- 意識がない、呼びかけに反応がない、けいれんが続く
- 脚の感覚が急にまったくなくなった、立つこともできない
- ⚠急に歩けなくなった、脚に力が入らない状態が急速に進んでいる
- ⚠脚の腫れ・赤み・熱感があり、押すと強く痛む(感染や血栓の可能性)
- ⚠痛みで眠れない、食事がとれないほど痛みが強い
- ⚠尿や便をがまんしづらくなった、トイレの感覚がわかりにくい
- ⚠しびれや痛みが両脚に急に広がった
- ⚠血糖値が非常に高い状態が続き、強いのどの渇き・多尿・吐き気がある
一般的な症状
- 太もも・おしり・腰まわりの、がまんしづらい強い痛み(焼けるような、刺すような、うずくような痛み)
- 痛みは片側だけのことが多い
- 触られるだけで痛く感じる(服が当たるのもつらい)
- 太ももの筋肉がやせて、左右で太さが変わる
- 立ち上がり、階段の上り下り、歩き始めがつらい
- 膝の反射(腱反射)が弱くなる、または出にくくなる
- 痛みで眠れない、食欲が落ちる
- 体重が減る
- 軽いしびれや感覚の鈍さを伴うことがある
子供の症状
- 子どもにはほとんど起こりません。
- 糖尿病のある子どもが脚の痛みや歩きにくさを訴える場合は、別の原因も含めて早めに小児科やかかりつけ医に相談してください。
高齢者の症状
- 高齢の方は、脚の力が落ちることで転倒しやすくなります。手すりや杖の使用など、転ばない工夫が大切です。
- 回復に時間がかかることがあり、リハビリを長く続ける必要がある場合があります。
- 痛みで動かなくなることで、筋力低下や関節のこわばりが進みやすいため、無理のない範囲で動くことが勧められます。
- 持病の薬が増えている場合は、ふらつきや転倒についても医師・薬剤師に相談してください。
原因
主な原因
- 糖尿病による神経の障害。腰やおしりの神経の根もと(神経根)や神経の集まり(神経叢)に炎症が起きると考えられています。
- 血糖値が高い状態が長く続くことによる、神経への負担。
- 免疫(体を守る仕組み)の働きが関係しているという説もあります。
- 血糖コントロールが急に大きく改善した時期に起こることもあり、体が変化に追いつく過程が関係するといわれています。
リスク要因
- 糖尿病があること(とくに2型糖尿病)
- 血糖値が高い状態が長期間続いている
- 糖尿病の罹病期間が長い
- 急な体重減少があった
- 血糖コントロールが短期間で大きく変わった
- 中年以降の年齢
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 脚の痛みとともに、力が急に入らなくなった、歩けなくなった
- 脚の腫れ・赤み・熱感がある
- 排尿・排便の感覚やコントロールがおかしい
- 痛みが強く、眠れない・食べられない
- 発熱がある
定期受診を予約すべき場合:
- 太ももやおしりに、原因のわからない強い痛みが続いている
- 脚の筋肉がやせてきた、左右で太さが違う気がする
- 階段の上り下りや立ち上がりが前よりつらくなった
- 足のしびれや感覚の変化が気になる
- 糖尿病で通院中で、脚の症状が出てきた
診断
まず問診と診察で、痛みの出方、脚の力、筋肉のやせ方、膝の反射などを確認します。そのうえで、ほかの原因(腰椎の椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、股関節の病気など)ではないかを確かめるために検査を行います。診断はひとつの検査だけで決まるものではなく、症状の経過と検査を組み合わせて総合的に判断されます。
行われる可能性のある検査
- 血液検査(血糖値・HbA1c、ビタミン不足や甲状腺など他の原因がないかの確認を含む)
- 神経の診察(力の入り具合、感覚、腱反射の確認)
- 筋電図・神経伝導検査(神経の働きを調べる検査)
- 腰や骨盤のMRIやCT(神経の圧迫など別の原因を調べる画像検査)
- 必要に応じて、尿検査や心電図など全身状態の確認
診察で予想されること
診断がつくまでに少し時間がかかることがあります。検査の結果を待つ間、痛みがつらい場合は遠慮なく医師に伝えてください。診察では、いつから、どこが、どんなふうに痛むか、脚の力の変化、体重の変化をメモしておくと話しやすくなります。
治療
治療の中心は、①痛みをやわらげること、②血糖値を安定させること、③筋力と歩く力を取り戻すリハビリの3つです。多くの場合、入院は必要なく、通院しながら治療を進められます。痛みが強い時期は、無理をせず、医師と相談しながら進めることが大切です。
自宅でのセルフケア
- 痛みの記録をつける(いつ・どこが・どれくらい・何をすると悪化するか)
- 無理のない範囲で、脚を動かす習慣を保つ。痛みが強いときは休みながら行う
- 転倒を防ぐために、家の中の段差やコードを片づけ、夜間の照明を明るくする
- 必要なときは杖や手すりを使う。使うことへの遠慮は不要です
- バランスのよい食事と、決まった時間の服薬・通院を続ける
- 喫煙は神経や血管に負担をかけるため、禁煙を考える
- 痛みで眠れないときは、我慢せず早めに医師に相談する
医療治療
医師はまず、血糖値を安定させるための治療を続けます。痛みに対しては、神経の痛みに用いられる種類の薬が処方されることがあります。薬の種類や量は、痛みの程度や持病、腎臓の働きなどにあわせて医師が決めます。自分で量を変えたり、市販薬を重ねて使ったりせず、必ず医師・薬剤師に相談してください。並行して、理学療法士によるリハビリ(筋力トレーニング、歩行練習、バランス練習)を行います。痛みが強い時期は、リハビリの強度を調整しながら進めます。
手術が検討される場合
この病気そのものに対して手術が必要になることは通常ありません。ただし、MRIなどで腰椎の椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症など、手術で改善が期待できる別の原因が見つかった場合には、専門医と相談して方針を決めることがあります。
この病気と共に生きる
痛みが強い時期は、家事や仕事、外出がつらくなることがあります。できるだけ「今日はここまで」と区切って休み、家族や職場に状況を伝えて、頼れるところは頼ることが長く付き合うコツです。痛みは少しずつ落ち着いていくことが多く、その間に筋力を保つことが大切になります。
生活習慣のアドバイス
- 決まった時間に食事と薬をとり、血糖値を大きく上げ下げしない
- 軽い散歩や椅子からの立ち座りなど、日常の中に動く時間をつくる
- 睡眠を十分にとる。痛みで眠れないときは早めに相談する
- 飲酒はほどほどに。主治医から制限を言われている場合は従う
- 禁煙を検討する
- 足の状態(傷、色、腫れ、感覚)を毎日チェックする習慣をつける
- 転倒予防のため、靴は滑りにくく足に合うものを選ぶ
食事と運動
食事は、主食・たんぱく質・野菜をバランスよくとり、間食や甘い飲み物を控えめにすることで血糖値を安定させます。極端な糖質制限や自己流のダイエットは、かえって体調を崩すことがあるため、管理栄養士や医師に相談しながら進めましょう。運動は、痛みのない範囲で行うことが基本です。痛みが強い時期は無理をせず、痛みが落ち着いてきたら、椅子からの立ち座り、室内での歩行、軽いストレッチなどから少しずつ始めます。運動の強さや量は、リハビリの担当者や医師に相談して決めると安心です。
精神的健康と心の健康
強い痛みが続くと、眠れない、イライラする、気分が落ち込む、先のことが心配になるなど、こころの負担が大きくなることがあります。これは珍しいことではなく、決して弱さではありません。つらい気持ちが続くときは、かかりつけ医や地域の保健センター、専門の相談窓口に話してみてください。気持ちがとてもつらくて自分を傷つけたいと考えたときや、身近にそのような人がいる場合は、ためらわず救急(119)や地域の緊急の相談先を利用してください。
予防
糖尿病性筋萎縮症を100%防ぐ方法は今のところわかっていません。ただし、血糖値をできるだけ安定した範囲に保つこと、定期的に通院して神経や足の状態を確認してもらうことは、糖尿病による神経の障害全般のリスクを下げる助けになります。急な自己流の食事制限で血糖値を大きく変動させないことも大切です。
検診プログラム
糖尿病で通院している方は、診察のたびに足の感覚や反射、筋肉の状態を確認してもらいましょう。脚の痛みや力の変化、筋肉のやせに気づいたら、次の定期受診を待たずに相談してよい症状です。
合併症
治療しない場合
- 脚の筋力低下が長引き、歩行や立ち上がりがつらくなる
- 転倒しやすくなり、骨折などのけがのリスクが上がる
- 痛みが長く続き、睡眠や気分に影響する
- 痛みで動かなくなることで、筋肉のやせや関節のこわばりが進む
- 血糖値の管理が乱れ、ほかの糖尿病の合併症のリスクが高まる
- 足の感覚が鈍くなることで、傷ややけどに気づきにくくなる
長期的な見通し
糖尿病性筋萎縮症は、時間はかかっても良くなっていく経過をたどることが多い病気です。痛みは数週間から数か月で落ち着いてくることが多く、筋力の回復には数か月から1〜2年ほどかかるのが一般的です。多くの方は歩ける状態に戻りますが、一部の方では軽い筋力低下やしびれが残ることもあります。あせらず、血糖管理とリハビリを続けることが回復の助けになります。
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最終更新: 2026年10月23日
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