全失語(ぜんしつご)とは ― ことばの障害を理解し、支えるために
概要
全失語は、脳の「ことばをつかさどる部分」が広く傷つくことで、話す・聞いて理解する・読む・書くという言葉の働きが、まとめて難しくなった状態です。失語症のなかでも、最も広い範囲に障害があるタイプです。大切なのは、これは「知能が下がった」のでも「やる気がない」のでもないということです。考えや気持ちはこれまでどおりあるのに、それを言葉という形にしたり、相手の言葉を意味に変えたりする回路がうまく働かない状態なのです。
重要な事実
- 全失語は脳の損傷による言葉の障害で、原因として最も多いのは脳卒中(脳梗塞や脳出血)です。
- 話すことだけでなく、聞いて理解する・読む・書くのすべてが難しくなるのが特徴です。
- 回復には個人差がありますが、発症後できるだけ早く始めるリハビリテーションが大切とされています。
失語症は、脳卒中のあとの方のおよそ3人に1人に起こるといわれています。そのなかでも全失語は最も重いタイプで、頻度は多くありません。ただし、脳の損傷が大きい場合に起こりやすいため、回復に時間がかかることがあります。
主に大人、とくに高齢の方に多くみられます。脳卒中が最も多い原因だからです。若い世代でも、頭のけが、脳の感染症、脳腫瘍などで起こることがあります。子どもの全失語は非常にまれですが、起こった場合は脳の柔軟さから回復が比較的よいこともあります。
症状
- 急に話せなくなった、相手の言葉が急に理解できなくなった(脳卒中のサインの可能性があります)
- 顔の片側が下がる、腕や脚の片側が動かしにくい、突然の激しい頭痛
- けいれん、意識がもうろうとする、呼びかけに反応しない
- 一度出た症状が短時間で良くなった場合も、脳卒中の前ぶれのことがあるので、すぐに救急へ連絡してください
- ⚠頭を打ったあとに言葉が出にくくなった
- ⚠言葉の障害が数日のうちに少しずつ悪くなっている
- ⚠食事中にむせることが増えた、発熱や咳が続く(誤嚥性肺炎の疑い)
- ⚠強い頭痛や吐き気をともなう
一般的な症状
- 相手が話していることが、ほとんど理解できない
- 自分から言葉を出すことが難しく、出ても意味の通る文にならない
- 同じ音や短い言葉をくり返すことがある
- 言われたことをそのままくり返す(復唱する)ことが難しい
- 読むこと、書くことが難しくなる
- 「はい」「いいえ」で答える質問でも、うなずきや返事が難しいことがある
- ジェスチャーや表情で伝えようとする
- 伝わらないもどかしさから、涙が出たり、怒ったようになったりする(感情のコントロールが難しくなることがある)
- 脳の同じ側の障害に伴って、体の右側にまひが出ることが多い
- 自分の言葉の障害に気づきにくいことがある
子供の症状
- すでに話せていた言葉が急に出なくなる
- 名前を呼ばれても反応しにくい、指示が伝わりにくい
- 保育園や学校で「集中していない」「わがまま」と見られてしまうことがある
- 回復が比較的早いこともあるが、学習面の支援が必要になることがある
高齢者の症状
- 脳卒中のあとに起こることが多い
- 聴力の低下や認知症と混同されやすい
- 入院中は、一時的な混乱(せん妄)と見分けにくいことがある
- うつや社会からの孤立、転倒、誤嚥(食べ物が気管に入ること)のリスクが高まる
原因
主な原因
- 脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血など)― 最も多い原因です
- 頭のけが(外傷性脳損傷)
- 脳の感染症(脳炎、髄膜炎など)
- 心停止などによる脳への酸素不足
- 進行性の脳の病気の一部
- 手術や検査の影響(まれ)
リスク要因
- 脂質異常症(コレステロールや中性脂肪の異常)
- 心房細動など心臓の病気
- 過度の飲酒
- 肥満、運動不足
- 家族歴、過去の脳卒中や一過性脳虚血発作(TIA:一時的に脳の血流が悪くなる状態)
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 急に話せなくなった、言葉が理解できなくなった
- 頭を打ったあとに言葉がおかしい
- 言葉の障害が少しずつ悪くなっている
- 食事中にむせることが増えた、発熱をくり返す
定期受診を予約すべき場合:
- 脳卒中のあと、言葉の障害が続いている(リハビリの評価を受けたい)
- 聞こえにくいのか、言葉がわかりにくいのか、区別がつかない
- 家族が「最近、会話がかみ合わない」と感じている
- 復職・復学、介護保険や障害の手続きについて相談したい
診断
まず、いつから、どんなふうに言葉が難しいのかを聞き取り、簡単な会話や指示で言葉の働きを確かめます。同時に、体の動きや意識、飲み込みの状態も確認します。原因を調べるために脳の画像検査が行われ、必要に応じて言葉の専門の検査が行われます。
行われる可能性のある検査
- 問診と、会話をとおした観察
- 頭のCT・MRI検査
- 血液検査、心電図、心臓の超音波検査
- 言語聴覚士による言葉の検査(理解・話す・読む・書く・復唱などを確認します)
- 飲み込みの検査(必要な場合)
診察で予想されること
検査そのもので体が傷つくことはほとんどありません。言葉の検査は「できないことを試す」ものではなく、どこを助ければ伝えやすくなるかを見つけるためのものです。疲れると力が出にくいので、家族がそばにいて、ゆっくり進めることが大切です。
治療
治療は大きく二つに分かれます。一つは原因となった病気の治療(たとえば脳卒中の急性期治療)、もう一つは言葉のリハビリテーションです。リハビリは、残っている力を使って別の伝え方を身につけたり、言葉の回路をできるだけ働かせたりする訓練で、言語聴覚士が中心になって進めます。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、心理職、そして家族が一緒に支える形が望ましいとされています。
自宅でのセルフケア
- 話すときは、短く、ゆっくり、はっきりと
- 大きな声で話すのではなく、低めの落ち着いた声で
- テレビや音楽の音を小さくして、静かな環境をつくる
- 「はい/いいえ」で答えられる質問から始める
- 絵や写真、文字、ジェスチャーを一緒に使う
- 返事を待つ。10秒以上待つつもりで
- 本人の言いたいことを勝手に決めつけず、確認する
- できたことを具体的にほめる
- 話し合いは疲れない時間に、短く区切って行う
医療治療
原因となった病気に応じた治療が行われます。脳卒中の急性期には、血栓を溶かす治療や血管の治療など、発症からの時間がとても大切な治療が検討されます。また、血圧・血糖・脂質を整える治療や、心臓の病気の治療が、再発予防として行われます。薬は医師の判断で選ばれます。言葉そのものに対しては、言語聴覚士による集中的なリハビリテーションが中心で、必要に応じて気分の落ち込みに対する支援も行われます。
手術が検討される場合
手術は「全失語」そのものを治すために行われるものではありません。原因となっている脳出血の血のかたまりを取り除く、脳腫瘍を摘出する、脳卒中を起こしやすい血管の病変を治療する、といった目的で、状態に応じて検討されます。
この病気と共に生きる
日々の暮らしでは、伝え合うための工夫を少しずつ増やしていくことが助けになります。話すだけでなく、指さし、写真カード、文字を書いたメモ、タブレットの文字入力など、その人に合った方法を一緒に探しましょう。決まった挨拶や短い言葉から始め、できるようになったことを使う場面を増やしていくと、自信につながります。買い物や受診など、传えたい場面をあらかじめ家族と練習しておくのもよい方法です。
生活習慣のアドバイス
- 規則正しい生活と十分な睡眠
- 禁煙、節酒
- 血圧を自宅で測る習慣をつける
- 社会的なつながりを絶やさない(通いの場、家族会など)
- 疲れやすいので、活動と休憩のバランスをとる
- 聞こえにくさがあれば、補聴器の相談をする
食事と運動
塩分を控えめにして、野菜や魚、大豆製品をバランスよくとる食事は、脳卒中の再発予防に役立つとされています。飲み込みが心配なときは、とろみをつける、やわらかくするなどの工夫を、医師や言語聴覚士、管理栄養士に相談してください。運動は、許可された範囲で、歩くことなどから無理なく始めます。転びやすい方は、手すりや見守りなど、安全を優先してください。
精神的健康と心の健康
伝えられないもどかしさ、聞き取れない不安は、強いストレスになります。全失語の方のうつや不安は少なくないとされ、本人だけでなく家族も疲れやすいものです。「言葉が出ない=考えていない」わけではないことを、まわりの人が知っておくことが力になります。気持ちの落ち込みが続くとき、眠れない、食欲がない、死にたい気持ちが出てきたときは、ひとりで抱えず、かかりつけ医や地域の相談窓口に連絡してください。命にかかわる緊急のときは119番へ連絡してください。
予防
全失語を完全に防ぐ方法はありませんが、最も多い原因である脳卒中を防ぐことは、リスクを大きく下げます。血圧・血糖・脂質の管理、禁煙、節酒、バランスのよい食事、適度な運動、心房細動など心臓の病気の治療が大切です。厚生労働省も、生活習慣病の予防と健診の受診をすすめています。
ワクチン
全失語を直接防ぐワクチンはありません。ただし、高齢の方では、肺炎やインフルエンザなどのワクチンについて、かかりつけ医に相談できます。
検診プログラム
市区町村の特定健診(メタボ健診)などを通して、血圧・血糖・脂質を定期的に確認することが、脳卒中の予防につながります。動脈硬化が心配な場合は、医師に相談してください。
合併症
治療しない場合
- 伝える力が戻りにくくなる(リハビリが遅れるほど不利になることがあります)
- うつ、不安、社会からの孤立
- 誤嚥性肺炎(食べ物や唾液が気管に入って起こる肺炎)
- 転倒やけが、体の拘縮(関節が固まること)
- 仕事や学校、家事など、生活の大きな変化
- 介護する家族の負担
長期的な見通し
全失語は重い障害ですが、回復はここで止まるものではありません。発症後数か月は特に変化が出やすく、その後もゆっくり改善が続くことがあります。話す力が十分に戻らない場合でも、絵や文字、タブレットなど別の伝え方で、意思を伝え合う力は育ちます。焦らず、その人らしい暮らしを取り戻していくことを目標にしましょう。
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最終更新: 2026年10月24日
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