HER2陰性(ハーツーいんせい)乳がん
概要
乳がんは、乳房の中の乳腺(乳汁をつくる管や小葉)の細胞が、体の決まりに従わずに増えていく病気です。乳がんの細胞には「HER2(ハーツー)」というタンパク質が細胞の表面に多く出ているものと、そうでないものがあります。HER2陰性乳がんは、このHER2タンパク質がふつうの量にとどまっているタイプの乳がんで、乳がん全体のおよそ8割近くを占めます。HER2陰性かどうかは、治療の方針を選ぶための大切な情報のひとつですが、がんの重さをそのまま示すものではありません。
重要な事実
- HER2陰性か陽性かは、採取したがんの組織を詳しく調べる「病理検査」で判定します。
- HER2陰性の乳がんは、さらに「ホルモン受容体陽性」と「ホルモン受容体陰性(トリプルネガティブを含む)」に分けられ、治療の組み立て方が変わります。
- HER2陰性であることは、治療の選択肢が少ないという意味ではありません。手術・放射線・薬物療法などを組み合わせた治療が行われます。
はい、よくあるタイプです。乳がんは日本人女性で最も多いがんとされ、そのうち約8割近くがHER2陰性に分類されます。つまり、乳がんと診断された方の多くがこのタイプということになります。
主に女性に多い病気です。日本人女性では、生涯のうち約9人に1人が乳がんになると言われています。男性にも起こりますが、乳がん全体の1%未満とまれです。年齢は40〜60歳代に多く見られますが、若い世代や70歳以上でも発症します。
症状
- 息が苦しい、呼吸ができない、胸が強く痛む
- 意識がもうろうとしている、呼びかけへの反応が弱い
- 大量の出血が止まらない
- 高熱と震えがあり、ぐったりして動けない(感染症が強く疑われるとき)
- ⚠乳房のしこりが数週間で急に大きくなった、痛みが強い
- ⚠乳房の皮膚が赤くなり、熱をもって腫れている
- ⚠乳房に膿(うみ)がたまったような腫れと痛みがある
- ⚠乳頭からの出血が続く
- ⚠治療中で発熱がある、だるさが強い
一般的な症状
- 乳房にしこり(硬い塊)が触れる。痛みがないことも多い
- 乳房の形が変わる、一部がくぼむ、左右の大きさが違ってくる
- 乳房の皮膚がひきつれる、オレンジの皮のようなくぼみが出る
- 乳頭や乳輪のただれ、乳頭が内側に引っ込む
- 乳頭から分泌物が出る(特に血が混じったもの)
- わきの下のリンパ節が腫れる、しこりが触れる
- 初期には自覚症状がほとんどないことも多い
子供の症状
- 小児や10代で乳がんになることは非常にまれです。
- 思春期の女の子に乳房のしこりができることはよくあり、多くは「線維腺腫(せんいせんしゅ)」という良性の腫瘤です。
- ただし、しこりが急に大きくなる、痛みが強い、分泌物があるなどの場合は、小児科や乳腺外来に相談してください。
高齢者の症状
- 高齢の方では痛みなどの自覚症状が少なく、気づきにくいことがあります。
- 乳房の変化を「年のせい」と思い込みやすいので、ふだんから見て・触れて確認することが大切です。
- 心臓病や糖尿病などの持病がある場合は、治療の進め方を医師とよく相談しましょう。
- 検診を受ける機会が少なくなり、見つかったときに進んでいる場合もあります。
原因
主な原因
- 乳がんは、乳腺の細胞の遺伝子に傷が積み重なることで起こると考えられています。
- HER2陰性か陽性かは、がん細胞の性質の違いであり、生活習慣の違いで決まるものではありません。
- 生まれつきの遺伝子の変化(BRCA1・BRCA2など)が関係する場合もありますが、大多数の乳がんは遺伝によるものではありません。
リスク要因
- 女性であること(最も大きな要因)
- 年齢を重ねること(特に50歳前後から増える)
- 近い親族(母・姉妹・娘など)に乳がんや卵巣がんの方がいる
- 飲酒習慣がある
- 閉経後の肥満、運動不足
- 初潮が早かった、閉経が遅かった、出産経験がない、授乳経験がない
- ホルモン補充療法を長期に受けている
- 乳腺の病気(異型乳管過形成など)を指摘されたことがある
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 乳房のしこりが急に大きくなったり、硬くなったりした
- 乳房の皮膚が赤く腫れる、ひきつれる、くぼむ
- 乳頭がただれる、内側に引っ込む、血の混じった分泌物が続く
- わきの下のリンパ節が腫れてきた
定期受診を予約すべき場合:
- 乳房にしこりが触れる、以前と違う感じがする
- 乳房の左右差や形の変化が気になる
- 自己検診でいつもと違うと感じた
- 自治体の乳がん検診の案内が届いた(40歳以上は2年に1回の受診が推奨されています)
- 家族歴があり、いつから検診を受ければよいか相談したい
診断
乳がんかどうかは、問診と乳房の視診・触診に加え、画像検査で調べます。しこりが見つかった場合は、細い針を刺して細胞や組織を一部採取し(針生検)、顕微鏡で調べることで確定します。この組織検査のときに、HER2タンパク質の量、ホルモン受容体(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体)の有無、細胞の増えやすさなども同時に調べ、治療方針を決める大切な情報になります。
行われる可能性のある検査
- 問診・視診・触診(乳房の様子としこりの確認)
- マンモグラフィ(乳房のX線撮影)
- 乳房超音波検査(エコー)
- 針生検・組織診(がんかどうか、HER2やホルモン受容体を調べる)
- MRI検査(病変の広がりを見る)
- CT検査・骨シンチグラフィなど(転移がないかの確認、必要に応じて)
- センチネルリンパ節生検(わきの下のリンパ節に転移があるかの確認)
- 血液検査(全身状態や腫瘍マーカーの確認)
診察で予想されること
検査は一度にすべて行うのではなく、順番に進みます。確定診断までに1〜2週間ほどかかることがあり、結果を待つ間は不安な気持ちになるのが自然です。検査の痛みは軽いものが多く、日帰りで受けられることもあります。結果の説明のときは、家族や信頼できる人に同席してもらうと、話の内容を後で確認しやすくなります。
治療
HER2陰性乳がんの治療は、がんの大きさ・広がり(ステージ)、ホルモン受容体の有無、年齢や全身状態、そして患者さん自身の希望を合わせて決めていきます。HER2陰性の場合は抗HER2薬を使わない代わりに、手術・放射線療法・化学療法・内分泌療法(ホルモン療法)などを組み合わせます。ホルモン受容体が陽性なら内分泌療法が中心的な役割を担い、陰性(トリプルネガティブなど)なら化学療法や免疫療法が検討されることがあります。治療の順番(手術を先にするか、薬物療法を先にするか)も病状によって変わります。
自宅でのセルフケア
- 治療の副作用や体調の変化を記録し、診察時に伝える
- 処方された薬は自己判断で中断せず、気になる症状は薬剤師や医師に相談する
- 手術後は、医療者の指導のもとで腕や肩のリハビリを続ける
- バランスの良い食事と、無理のない範囲の運動を心がける
- 禁煙し、飲酒は控えめにする
- 睡眠と休息を十分にとる
- リンパ浮腫(腕のむくみ)を防ぐため、腕のけがや圧迫に注意する
- 感染予防のため手洗いを徹底し、発熱時は早めに連絡する
医療治療
治療には大きく分けて、局所治療(手術、放射線療法)と全身治療(薬物療法)があります。薬物療法には、細胞の増殖を抑える化学療法、ホルモンの働きを抑える内分泌療法、免疫の力を利用する免疫療法などがあり、がんの性質に応じて選ばれます。HER2陰性では抗HER2薬は使いません。どの治療も、効果と副作用のバランスを考えて医師と相談しながら進めます。具体的な薬の種類や量は、病状や体調に合わせて医療機関で決められます。
手術が検討される場合
手術は、乳房のがんを取り除く治療で、多くの場合で治療の中心となります。乳房の一部を残す方法(乳房温存手術)と、乳房全体を取る方法(乳房切除術)があり、がんの広がりや乳房の大きさ、患者さんの希望を話し合って選びます。乳房の再建を同時に、あるいは後から行うこともできます。わきの下のリンパ節についても、転移の有無を確認するための手術が行われます。
この病気と共に生きる
治療中は、体調に波があることが多く、思うように動けない日もあります。予定を詰め込みすぎず、体調の良いときに無理のない範囲で過ごすのがおすすめです。仕事や家事については、主治医や看護師、ときには病院の相談窓口や会社の担当者に早めに相談すると、調整がしやすくなります。
生活習慣のアドバイス
- 治療の合間も、軽い散歩など体を動かす習慣を続ける
- 食事は特別なものを買いそろえる必要はなく、主食・主菜・副菜をそろえた普通の食事でよい
- 十分な睡眠と休息をとる
- 禁煙する。飲酒は控えめにする
- 腕のむくみ(リンパ浮腫)を防ぐため、重いものを持ちすぎない、けがや日焼けに注意する
- 気分転換の時間を意識してつくる
- 治療の記録や質問をメモにまとめておくと診察がスムーズになる
食事と運動
特別な「がんに効く食べ物」はありません。野菜・果物・魚・大豆製品などをバランスよくとり、塩分と脂肪をとりすぎないことが基本です。サプリメントは治療に影響することがあるため、始める前に必ず主治医や薬剤師に相談してください。運動は、ウォーキングや軽いストレッチなど、息が少し上がる程度を無理のない範囲で続けると、体力の維持や気分の安定に役立ちます。
精神的健康と心の健康
乳がんと診断されると、不安、落ち込み、怒り、眠れないなどの気持ちが生じるのは自然なことです。治療中は見た目の変化に悩むこともあります。つらい気持ちが続くときは、一人で抱え込まずに主治医や看護師、病院の相談窓口、公的な相談機関に話してください。気持ちのつらさが強いときや、日常生活が保てないと感じるときは、早めに医療者に伝えることが大切です。
予防
乳がんを確実に防ぐ方法は見つかっていません。ただし、飲酒を控える、禁煙する、適正体重を保つ、運動習慣を持つことは、リスクを下げる可能性があるとされています。また、定期的な検診で早期に見つけることは、治療の選択肢を広げるうえでとても大切です。
ワクチン
乳がんを予防するワクチンはありません。
検診プログラム
日本では、厚生労働省の指針により、40歳以上の女性に2年に1回のマンモグラフィ検診が推奨されています。自治体の検診案内を確認し、かかりつけ医やお住まいの自治体の窓口に相談してください。家族歴などで心配がある場合は、いつからどの検査を受けるとよいかを医療機関で相談しましょう。日頃の自己検診(見て・触れて確認する)も、変化に気づく助けになります。
合併症
治療しない場合
- がんが乳房の中で大きくなり、皮膚や胸の筋肉に広がることがある
- わきの下や鎖骨の周りのリンパ節に転移することがある
- 血流に乗って、骨・肺・肝臓・脳などほかの臓器に転移することがある
- 痛み、息苦しさ、だるさなど、日常生活に影響する症状が出ることがある
長期的な見通し
乳がんは、早期に見つかれば治癒を目指せる可能性が高いがんです。HER2陰性乳がんの治療は年々進歩しており、ホルモン受容体の有無などに応じた治療が行われています。治療中はつらい時期もありますが、多くの方が治療を続けながら生活を送っています。見通しについては個人差が大きいため、自分の病状について主治医に具体的に尋ね、納得しながら進めていくことが大切です。
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最終更新: 2026年10月24日
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