単純ヘルペス脳炎(たんじゅんヘルペス脳えん)
概要
単純ヘルペス脳炎は、単純ヘルペスウイルス(ふだんは口のまわりにできる「口唇ヘルペス」の原因になるウイルス)が脳に入り、脳に炎症が起きる病気です。脳は体の司令塔なので、炎症が起きると意識・記憶・言葉・体の動きなどに影響が出ることがあります。まれな病気ですが、早く気づいて治療を始めることがとても大切です。「ヘルペス」と聞くと口や皮膚の病気を思い浮かべる方も多いと思いますが、同じウイルスが脳に届いてしまうことがごくまれにあります。
重要な事実
- ウイルスが原因の脳の炎症で、日本でも年間に何人も発症するまれな病気です。
- 発熱・頭痛に続いて、意識がぼんやりする、けいれん、性格の変化などが起こることがあります。
- 治療は「早く始めるほど良い」と言われており、少しでも脳の症状が疑われたらすぐ受診が必要です。
とてもまれな病気です。報告によって幅がありますが、おおよそ100万人あたり年間1〜4人程度と考えられています。ただ、まれだからこそ見落とされやすく、注意が必要な病気です。
こどもから大人まで、どの年齢でも起こります。新生児(生まれたばかりの赤ちゃん)と高齢の方では特に注意が必要です。また、免疫(体を守る力)が弱くなっている方もかかりやすいとされています。
症状
- けいれんが5分以上続く、またはけいれんを繰り返す
- 呼びかけても反応がない、意識がない
- 呼吸が苦しそう、息が弱い、顔色が悪い
- 急に体の片側が動かない、言葉が出ない
- ⚠高い熱と、がまんできないほどの頭痛が同時にある
- ⚠嘔吐を何度も繰り返す
- ⚠急に意識がぼんやりしてきた、会話がかみ合わない
- ⚠急な性格の変化や、いつもとまったく違う言動がある
- ⚠初めてのけいれんがあった(短くても)
一般的な症状
- はげしい頭痛
- 吐き気や嘔吐(もどす)
- 意識がぼんやりする、反応がにぶくなる
- けいれん(手足がぴくぴくする、体が硬くなる)
- 性格や行動の変化(急に怒りっぽい、変なことを言う、ぼんやりする)
- 言葉が出にくい、ろれつが回らない
- もの忘れが急にひどくなる、今日の日付や場所がわからない
- 体の片側だけ力が入らない、動かしにくい
- においの感じ方がおかしくなる(実際にはしないにおいを感じる)
子供の症状
- 熱が出る、ぐったりして元気がない
- 哺乳(母乳やミルク)が少なくなる、飲みが悪い
- 泣き方がいつもと違う、あやしても泣きやまない
- けいれん
- 意識がぼんやりする、呼びかけへの反応が弱い
- 首が硬くなる(あごを胸につけると痛がる・嫌がる)
- 頭が痛いと言えない年齢では、不機嫌や頭を触る様子で気づくことがあります
高齢者の症状
- 熱がはっきり出ないことがある
- 急に意識がぼんやりする、会話がかみ合わない
- 急な混乱、落ち着きのなさ、いつもと違う言動
- けいれん
- 体の片側の力が入らない、歩きにくい
- もともとの持病や認知症の変化と間違えられやすいので注意が必要です
原因
主な原因
- 単純ヘルペスウイルス1型(口唇ヘルペスの原因になる型)が脳に達して炎症を起こすと考えられています。
- 新生児では、単純ヘルペスウイルス2型(性器ヘルペスの原因になる型)が関係することがあります。
- ウイルスは、昔に感染して神経の根元に静かに潜んでいたものが、何かのきっかけで再び動き出して脳に届くと考えられています。
リスク要因
- 生まれたばかりの新生児
- 高齢であること
- 免疫(体を守る力)が弱くなっている状態(治療の影響など)
- 口唇ヘルペスをよく繰り返す人(ただし、ほとんどの人には脳炎は起こりません)
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 高熱と強い頭痛が一緒にある
- 意識がぼんやりする、反応がにぶい
- けいれんがあった
- 急に言葉が出にくい、体の片側が動かしにくい
- 急な性格の変化、わけのわからない言動がある
定期受診を予約すべき場合:
- 口唇ヘルペスを繰り返していて不安がある
- 熱は下がったのに、頭痛やだるさが長く続く
- 回復したあとも、もの忘れや集中しにくさが気になる
診断
医師は、症状の出方と診察の結果から脳炎を疑い、画像検査や髄液(せきずいえき:脳と背骨の中の神経を包んでいる透明な液体)の検査を組み合わせて診断します。治療は「疑った時点で早く始める」ことが大切とされているため、検査結果を待たずに治療が始まることもあります。
行われる可能性のある検査
- MRI(脳の画像を撮る検査)
- 腰椎穿刺(ようついせんし:背中から細い針で髄液を少し採る検査)
- 髄液のPCR検査(ウイルスの遺伝子の一部を調べる検査)
- 脳波検査(脳の電気的な動きを調べる検査)
- 血液検査、場合によってはCT検査
診察で予想されること
腰椎穿刺は、背中に麻酔の注射をしてから行われ、数分から十数分ほどで終わります。終わったあとはしばらく横になって安静にします。MRIは大きな音がしますが痛みはありません。意識がぼんやりしているときは、家族が症状の始まりや変化を伝えられると診断の助けになります。
治療
単純ヘルペス脳炎は、ウイルスの増殖を抑える治療(抗ウイルス薬)をできるだけ早く始めることが中心になります。あわせて、けいれんやむくみなど体の状態を整える治療が行われます。治療は入院して行うのが一般的です。
自宅でのセルフケア
- 入院中は医療スタッフの指示に従い、無理に動かず休む
- 退院後は、疲れをためないよう少しずつ活動を増やす
- 家族や周りの人は、会話・記憶・気分の変化をメモしておき、診察のときに伝える
- 飲み薬や通院について不安があれば、遠慮なく医師や薬剤師に相談する
- 回復には時間がかかることが多いので、あせらず段階を踏む
医療治療
ウイルスの増殖を抑える点滴治療を、できるだけ早く始めます。くわえて、けいれんを抑える処置、脳のむくみへの対応、水分や栄養の管理、必要に応じて集中治療が行われます。回復の段階では、話す・動く・記憶する力を取り戻すためのリハビリテーションが行われます。具体的な薬の種類や量については、担当の医師から説明を受けてください。
手術が検討される場合
通常は手術は必要ありません。ただし、脳のむくみが強い場合など、状態によっては脳圧を下げるための処置が検討されることがあります。
この病気と共に生きる
回復の速さは人によって大きく異なります。退院後も、疲れやすさ、集中しにくさ、もの忘れ、気分の波などが続くことがあり、これは珍しいことではありません。できる日とできない日があってよいと考え、少しずつ生活のリズムを戻していきましょう。
生活習慣のアドバイス
- 睡眠を十分にとり、疲れをためない
- 家族や友人と話す時間を意識してつくる(脳の働きを保つのに役立ちます)
- 自動車の運転や危険を伴う作業は、主治医の許可が出るまで控える
- 飲酒は主治医に相談してから
- 体調の変化を記録しておくと、診察のときに役立つ
食事と運動
特別な食事制限は通常ありません。バランスのよい食事と、水分をこまめにとることを心がけましょう。運動は、散歩など軽いものから始め、少しずつ時間や距離を増やしていきます。けいれんがあった方は、疲れすぎや寝不足が引き金になりやすいので、無理のない範囲で行いましょう。
精神的健康と心の健康
「なぜ自分が」「後遺症が残ったらどうしよう」と不安になるのは自然なことです。気分の落ち込み、イライラ、眠りにくさが続くときは、がまんせずに医療者や家族に話してください。つらい気持ちが強いときや、自分を傷つけたい気持ちがわいたときは、すぐに地域の相談窓口や医療機関に連絡してください。命に関わる危険を感じたら119番、または近くの救急外来を受診してください。
予防
単純ヘルペス脳炎そのものを確実に防ぐ方法は、今のところありません。ただし、ウイルスに触れない工夫や、体調を整えて免疫力を保つことは役に立ちます。水ぶくれができている部分にはさわらず、さわった後は手をよく洗いましょう。新生児には、口唇ヘルペスのある人がキスをしたり、手を洗わずにさわったりしないように気をつけてください。
ワクチン
単純ヘルペスウイルスを予防するワクチンは、現在のところ一般的には使われていません。
検診プログラム
通常の健康診断で単純ヘルペス脳炎を調べるスクリーニング検査はありません。症状があるときに、必要な検査を行います。
合併症
治療しない場合
- 意識障害が長く続く
- 記憶や言葉の障害が残ることがある
- けいれんの発作が続くことがある
- 体の片側の麻痺など、動きの障害が残ることがある
- 重症の場合は命に関わることがある
長期的な見通し
単純ヘルペス脳炎は重い病気ですが、治療を早く始められるほど回復の見込みは良くなると言われています。多くの方が治療を経て日常生活に戻っていきます。後遺症が残ることもありますが、リハビリテーションによって少しずつ力が戻る方も多くいます。回復には時間がかかることがあるため、あせらず、医療者と一緒に一歩ずつ進んでいくことが大切です。
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最終更新: 2026年10月24日
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