低酸素性虚血性脳症(HIE)— 生まれたときの脳を守るために
概要
低酸素性虚血性脳症(ていさんそせいきょけつせいのうしょう、HIE)は、赤ちゃんが生まれる前や生まれた直後に、脳へ十分な酸素と血液が届かなくなることで起こる状態です。「低酸素」は酸素が足りないこと、「虚血」は血の流れが悪くなること、「脳症」は脳の働きがうまくいかなくなることを意味します。脳は酸素がとても大切な臓器なので、血流が悪い時間が長いほど影響が出やすくなります。ただし、影響の程度は赤ちゃんによって大きく異なり、軽い場合もあれば、長く続く支援が必要になる場合もあります。
重要な事実
- HIEは「生まれる前後」に起こる状態で、成長してから新たに発症するものではありません。
- 症状の重さは赤ちゃんによってさまざまで、軽い場合は目立った後遺症が残らないこともあります。
- 生後6時間以内に始める「脳を冷やす治療(低体温療法)」など、早期の治療で後遺症を減らせる可能性があることがわかってきています。
HIEはまれな状態で、ほとんどの赤ちゃんには起こりません。報告によって数字は異なりますが、出生1000人あたり1〜2人程度といわれることがあります。決して「珍しすぎて他人事」ではありませんが、多くの出産では起こらないものです。
HIEが起こるのは新生児(生まれたばかりの赤ちゃん)です。特に、難産だった、胎盤やへその緒に問題があった、早産・低出生体重だった、お母さんに妊娠高血圧症候群や糖尿病などの健康上の問題があった、といった場合にリスクが高まることがあります。ただし、はっきりした理由が見当たらないこともあります。
症状
- 赤ちゃんがけいれんを起こし、5分以上続く、または繰り返す
- 呼吸が止まった、息をしていないように見える
- 顔色が青白い・紫色・灰色で、呼びかけても反応が弱い
- ぐったりして体を動かさず、抱いても反応がない
- 生まれた直後の赤ちゃんで、泣かない・呼吸が弱いと感じたとき(出産施設ですぐに知らせてください)
- ⚠哺乳力が急に落ちた、飲まなくなった
- ⚠泣き方が弱い、元気がない状態が続く
- ⚠体が硬直している、または反対にぐにゃぐにゃして支えにくい
- ⚠発熱や嘔吐があり、いつもと様子が違う
- ⚠けいれんのような動きが一瞬でもあった
一般的な症状
- 生まれた直後に泣き声が弱い、または泣かない
- 呼吸が浅い、不規則、または呼吸が止まるように見える
- 肌の色が青白い、または灰色がかって見える
- 体がぐったりして、手足の動きが少ない(筋緊張が低い状態)
- 刺激に対する反応が弱い、眠ったままのように見える
- けいれん(手足のぴくつき、体の硬直など)
- 哺乳力が弱い、うまく飲めない
- おしっこが出にくい
子供の症状
- 首のすわりや寝返り、おすわり、歩き始めなどの発達がゆっくり
- 手先の細かい動きが苦手、体の片側が動かしにくい
- 言葉の出はじめが遅い、話すのが難しい
- けいれん発作(てんかん)が続くことがある
- 学習のつまずき、集中しにくさ
- 見え方・聞こえ方の問題
- 食事や饮水の飲み込みに時間がかかる
高齢者の症状
- HIEは生まれたときの状態なので、大人になってから新たに発症することはありません。
- 小児期にHIEと診断された方が大人になる場合、軽い運動の不自由さやバランスの問題が残ることがあります。
- けいれん発作が大人になってからも続く場合は、定期的な診察が必要です。
- 疲れやすさや、細かい作業の苦手さが生活の中で課題になることがあります。
原因
主な原因
- 出産前後の酸素不足:陣痛が長引いた、へその緒が体に巻きついて圧迫された、へその緒が先に出てきた(臍帯脱出)など
- 胎盤の問題:胎盤早期剥離(たいばんそうきはくり)など、胎盤が赤ちゃんに酸素を届けにくくなる状態
- 子宮破裂や、お母さんの血圧が大きく下がったとき(大量出血など)
- お母さんと赤ちゃんの間の血液のやり取りがうまくいかない状態
- 出生後の呼吸障害や心臓の働きの低下により、脳への血流が保てない場合
リスク要因
- 早産・低出生体重
- 妊娠高血圧症候群(妊娠中に血圧が高くなる状態)
- 妊娠中の糖尿病や感染症
- 胎児発育不全(赤ちゃんの成長がゆっくりな状態)
- 多胎妊娠(双子・三つ子など)
- 難産、急速分娩、帝王切開になった緊急の出産
- 以前に出産時のトラブルがあった経験
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 赤ちゃんのけいれん、呼吸の異常、顔色の悪さがあるとき(すぐに救急へ)
- 哺乳力の急な低下や、反応が弱い状態が続くとき
- 退院後に「いつもと違う」と感じる変化があるとき
- HIEと診断されたお子さんの発達の遅れや、けいれんのような動きが気になるとき
定期受診を予約すべき場合:
- 乳幼児健診での発達の相談
- けいれん発作が疑われたときの小児科・小児神経科の受診
- リハビリや療育の定期的な評価
- 学校生活や日常生活での困りごとについての相談
- ご家族自身の疲れや不安についての相談
診断
HIEの診断は、出産のときの経過(お母さんと赤ちゃんの状態)、生まれた直後の赤ちゃんの様子、血液検査、脳の画像検査などを組み合わせて行われます。診断は新生児科の医師を中心に、産科・小児科・看護師・リハビリの専門家がチームで進めます。
行われる可能性のある検査
- 出生前後の記録の確認(陣痛の経過、胎児心拍モニタリングなど)
- アプガースコア(生まれた直後の赤ちゃんの状態を点数化したもの)
- へその緒の血液ガス検査(酸素やpHの状態をみる)
- 血液検査(臓器の働きや代謝の状態を確認)
- 脳の超音波検査(ベッドサイドで行える)
- 頭部MRI検査(脳のどこにどの程度の影響があるかを詳しくみる)
- 脳波検査(けいれんの有無や脳の電気的な活動を確認)
- 聴覚・視覚の検査(必要に応じて)
診察で予想されること
診断がつくまで、ご家族にとってはとても不安な時間だと思います。医師からは、検査の結果とあわせて「今わかっていること」「まだわからないこと」が説明されます。脳の画像検査は生後数日〜1週間以上たってから行うことが多く、最終的な見通しは数か月〜数年かけて見えてくることがあります。一度で全てが決まるわけではないので、疑問はその都度メモして聞いてみてください。
治療
HIEの治療は「できるだけ早く脳を守る」ことが中心になります。生後6時間以内に始める低体温療法(脳を少し冷やして、傷つく範囲を広げないようにする治療)が、適応となる赤ちゃんに行われることがあります。あわせて、呼吸・循環・血糖・体温などの全身管理、けいれんのコントロール、栄養のサポートが行われ、その後は発達に合わせたリハビリや療育が続きます。
自宅でのセルフケア
- 退院後の生活リズムを整え、授乳・睡眠を無理なく続ける
- 発達の記録(できるようになったこと)をメモしておくと、診察のときに役立ちます
- 首のすわりや歩き始めなど、気になる点は健診で相談する
- リハビリで教わった遊びや動きを、日常の中で無理のない範囲で取り入れる
- ご家族が休息をとれるように、周囲に助けを求める
- けいれんの様子(時間、体のどこがどう動いたか)を記録しておく
医療治療
治療は新生児集中治療室(NICU)などで、医師・看護師チームによって行われます。中心になるのは脳を守るための低体温療法で、対象となるかどうかは赤ちゃんの状態や検査結果をもとに判断されます。そのほか、呼吸を助けるサポート、血圧や循環の管理、けいれんを抑える治療、栄養や水分の管理などが組み合わされます。幼児期以降は、理学療法・作業療法・言語聴覚療法などのリハビリや、療育(成長を支える訓練や支援)が中心になります。具体的な治療の内容や薬の使用については、担当医から個別に説明がありますので、そちらをよく確認してください。
手術が検討される場合
HIEそのものを治す手術は通常ありません。治療の中心は集中治療とリハビリです。ただし、けいれんの原因を調べるための検査や、合併する別の問題に対する処置が必要になることはあります。
この病気と共に生きる
HIEの影響は一人ひとり異なるため、生活の組み立てもその子に合わせて作っていくことになります。発達の節目をゆっくり見守りながら、できたことを一緒に喜ぶことが、お子さんにとってもご家族にとっても力になります。通院やリハビリの予定をカレンダーで共有したり、記録を一か所にまとめたりすると、生活が少し楽になります。
生活習慣のアドバイス
- 規則正しい睡眠と食事のリズムを大切にする
- 遊びや運動を通して、体を動かす機会を日常に取り入れる
- 姿勢や椅子・食器など、道具を調整して生活しやすくする
- 学校や園と早めに情報を共有し、必要な支援を相談する
- ご家族だけで抱え込まず、祖父母や支援者に頼る
- きょうだいへの声かけや、家族全体での休息も意識する
食事と運動
食事は、飲み込みや噛む力に合わせた工夫(やわらかさ、とろみ、食べやすい形)が役立ちます。栄養士や言語聴覚士に相談すると具体的な提案がもらえます。運動は、年齢や発達に合わせたストレッチや遊び、リハビリのメニューを無理なく続けることが大切です。激しすぎる運動よりも、毎日少しずつ体を動かすことを心がけてください。
精神的健康と心の健康
お子さんの診断や将来についての不安は、ご家族にとってとても大きなものです。眠れない、涙が出る、イライラする、気力がわかないといった変化は、誰にでも起こりうることです。一人で抱え込まず、かかりつけ医や地域の相談窓口、同じ経験を持つ家族の会などにつながってください。気持ちがとてもつらいとき、自分を傷つけたい気持ちがわいてきたときは、ためらわず医療機関や地域の緊急の相談窓口に連絡してください。助けを求めることは、弱さではなく、お子さんとご家族を守る行動です。
予防
HIEのすべてを防ぐことはできませんが、リスクを下げるためにできることはあります。妊娠中は定期的な妊婦健診を受け、血圧や血糖、体重の変化を確認することが大切です。体調の変化(激しい腹痛、出血、胎動の減少など)を感じたら、すぐに産科に連絡してください。出産時には、胎児の心拍モニタリングなどで赤ちゃんの状態を確認し、必要に応じて迅速に対応することが、脳への負担を減らすことにつながります。
ワクチン
HIEそのものを防ぐワクチンはありません。ただし、感染症は妊娠や出産に影響することがあるため、妊娠中に推奨される予防接種については産科医に相談してください。
検診プログラム
妊婦健診での血圧・尿検査・超音波検査・胎児心拍モニタリングなどが、妊娠中のリスクを見つける助けになります。出生後は、新生児健診や乳幼児健診で発達の様子を定期的に確認します。
合併症
治療しない場合
- 脳のけいれんが続く(てんかん)
- 運動発達の遅れや脳性麻痺(体の動きに不自由さが残る状態)
- 知的発達の遅れや学習の困難
- 見え方・聞こえ方の問題
- 飲み込みや食事の困難
- 重症の場合、命にかかわることもある
長期的な見通し
HIEの見通しは、影響の程度によって大きく異なります。軽い場合には、目立った後遺症を残さずに育つお子さんも多くいます。早期の低体温療法や集中治療、その後のリハビリや療育、家族と地域の支援によって、できることは少しずつ広がっていきます。今は不安な気持ちが大きいかもしれませんが、必要な支援につながりながら、お子さんの成長を一緒に見守っていくことができます。
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最終更新: 2026年10月24日
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