低位前方切除症候群(LARS)
概要
低位前方切除症候群(ていいぜんぽうせつじょしょうこうぐん、英語の頭文字をとってLARS〈ラーズ〉と呼ばれます)は、直腸がんなどの手術で、肛門(こうもん)にとても近いところの直腸を切除して、腸をつなぎ直したあとに起こる排便のトラブルです。直腸は、便をいったんためておき、都合のよいタイミングで出すという大切な役割をしています。手術でこの部分が短くなったり、つなぎ目が肛門のすぐ上になったりすると、便をためる力や、便が来たことを感じる力が弱くなります。その結果、トイレが近い、便が何度も分かれて出る、がまんできない、といった症状が続きます。手術を受けた人だけに起こる、いわば「手術のあとの後遺症」のようなもので、感染症のように人にうつるものではありません。
重要な事実
- 肛門を残す手術(肛門温存手術)を受けた人に起こる、よくある術後の状態です。
- 手術後しばらくは症状が強くても、時間とともに軽くなっていくことが多いです。ただし数年かかることもあります。
- 食事の工夫、生活の工夫、リハビリ、必要に応じた治療を組み合わせることで、症状はかなり楽にできます。
とてもよくある状態です。肛門に近い直腸を切除する手術を受けた人の多くが、何らかの排便の変化を経験すると報告されています。症状の強さや続く期間は人によって大きく違います。
直腸がんなどで、肛門を残す手術(低位前方切除)を受けた人が対象です。年齢や性別を問わず起こります。手術の前に骨盤(こつばん)への放射線治療を受けた人では、症状が強く出たり長引いたりしやすいといわれています。小児ではまれですが、子どもが同じ部位の手術を受けた場合には同様の症状が起こりえます。
症状
- 激しい腹痛があり、おなかが硬く張って痛がる(腸が詰まっている可能性)
- 大量の血便、黒いタールのような便、または吐血がある
- 高熱に加えて、もうろうとしている、会話がかみ合わない
- 顔色が悪く、ぐったりして息苦しい
- ⚠38度以上の発熱や強い寒気がある
- ⚠便もガスもまったく出ず、吐き気やおう吐が続く
- ⚠肛門の強い痛み、腫れ、膿(うみ)のようなものが出る
- ⚠尿が極端に少ない、口が渇く、立ちくらみがするなど脱水が疑われる
一般的な症状
- 便の回数が増える(1日に何度もトイレに行く)
- 便意を感じてからがまんできず、急いでトイレに行くことになる(切迫感)
- 少しずつ便が何回にも分かれて出る(分割排便)
- 少量の便やおならが漏れてしまうことがある
- 出し切った感じがしない(残便感)
- おなかが張る、ガスが多く出る
- 夜中にトイレに起きる
- トイレの場所が気になって、外出や旅行をためらう
原因
主な原因
- 直腸の下部を切除したことで、便をためておく力が弱くなった
- 肛門をしめる筋肉(肛門括約筋)や骨盤の底の筋肉(骨盤底筋)、そこにつながる神経が手術の影響を受けた
- つなぎ目が肛門のすぐ上にあり、便がたまる場所が狭くなった
- 手術前に受けた放射線治療の影響で、腸や直腸の組織が変化した
- 腸の動き(ぜん動)のリズムが変わった
リスク要因
- つなぎ目が肛門にとても近い位置である
- 手術の前に骨盤への放射線治療を受けている
- 手術後に縫合不全(つなぎ目がうまくふさがらない状態)などの合併症があった
- もともと便通が不安定だった、過敏性腸症候群(おなかの不快感と便通の乱れを繰り返す状態)があった
- 食事の内容やストレス、生活リズムの乱れ
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 発熱、強い腹痛、便やガスが出ない状態が続くとき(できるだけ早く、場合によってはその日のうちに受診を)
- 肛門の強い痛みや腫れ、膿が出るとき
- 血便が続く、または量が増えてきたとき
- 脱水のサイン(尿が少ない、強い口の渇き、ふらつき)があるとき
定期受診を予約すべき場合:
- トイレの回数や便のゆるさが、日常生活に支障をきたすほど続いている
- 外出や仕事、睡眠に影響が出ている
- 自分なりの工夫をしても改善しない
- 症状のことで不安や落ち込みが強い
診断
診断は、まず症状をくわしく聞き取ることから始まります。いつ、どのような症状が、どのくらいの頻度であるのかを確認します。あわせて、症状の強さを点数で表す質問票(LARSスコア)が使われることがあります。同時に、症状の原因が別にあるのではないかを調べるための検査が行われます。たとえば、つなぎ目が狭くなっていないか、がんが再発していないか、腸に炎症がないかなどを確認します。
行われる可能性のある検査
- 問診と症状の記録(排便日誌をつけると話がしやすくなります)
- 血液検査
- 大腸内視鏡(カメラ)検査
- CT検査やMRI検査
- 肛門から管を入れて筋肉の締まり具合を調べる検査(肛門内圧検査)
- 便の通り方をレントゲンで見る検査(排便造影検査)
- 必要に応じて肛門からの超音波検査
診察で予想されること
検査は外来で行えるものがほとんどです。内視鏡検査の前には腸をきれいにするための準備が必要で、その日は食事の制限があります。症状を正確に伝えるために、受診前の1〜2週間、トイレに行った回数や便の状態、困ったことをメモしておくと、診察がずっとスムーズになります。
治療
治療は、ひとつの方法ではなく、いくつかを組み合わせて行います。まずは生活の工夫とリハビリから始め、効果が十分でなければ薬物療法や専門的な治療を加えていくのが一般的です。手術後1年くらいは自然に良くなっていくことも多いので、あせらずに続けることが大切です。
自宅でのセルフケア
- 食事の内容を調整する(食物繊維の多い少ない、脂っこいもの、香辛料、アルコール、カフェインなど、自分に合う・合わないを記録して見つける)
- 一度にたくさん食べず、少量を回数多くに分ける
- 水分をこまめにとり、脱水を防ぐ
- 排便日誌をつけて、症状のパターンをつかむ
- 便意を感じたらがまんせず、余裕をもってトイレに行く
- トイレではあせらず、姿勢を整えてゆっくり過ごす
- 骨盤底筋体操(肛門をぎゅっと締めて緩める運動)を毎日続ける
- 外出時は着替えやウェットティッシュ、におい対策グッズを用意しておく
- ストレスや睡眠不足は症状を悪化させやすいので、休息を意識してとる
医療治療
症状に合わせて、便の硬さを整える薬、腸の動きを落ち着かせる薬、便意の切迫感をやわらげる薬などが使われることがあります。薬は症状や体調に合わせて調整が必要なので、自己判断で量を変えたり中止したりせず、医師や薬剤師に相談してください。そのほか、看護師や理学療法士による骨盤底筋のリハビリ(バイオフィードバックという、筋肉の動きを機械で見ながら練習する方法を含む)、肛門からの洗腸(肛門注腸)で排便のタイミングを整える方法、神经のはたらきを調整する治療などが行われることもあります。どの方法が合うかは人によって違うため、専門の外来で相談しながら決めていきます。
手術が検討される場合
生活の工夫やリハビリ、薬物療法などを十分に行っても症状が強く、日常生活が大きく損なわれている場合には、手術が検討されることがあります。たとえば、一時的あるいは永久的な人工肛門(ストーマ)をつくる方法や、神経を刺激する装置を体内に埋め込む方法などです。手术はあくまで選択肢のひとつで、メリットとデメリットを主治医とよく話し合ってから決めます。
この病気と共に生きる
症状があると、トイレのことを常に考えてしまい、外出がおっくうになりがちです。まずは「トイレの場所がわかっている場所」から行動範囲を広げ、少しずつ慣れていくのがおすすめです。排便日誌をつけると、自分のリズムが見えてきて、予測しやすくなります。準備をしておくことで安心感が生まれ、それが症状の落ち着きにもつながります。
生活習慣のアドバイス
- 朝は少し早めに起きて、ゆとりをもってトイレの時間をとる
- 食事は決まった時間に、よくかんで、ゆっくりとる
- 適度な運動(散歩など)を日課にする
- 腹圧をかけすぎる重い物持ちや、長時間のいきみは避ける
- 睡眠をしっかりとり、ストレスをためない
- 外出先のトイレの位置を事前に確認しておく
- 家族や職場など、信頼できる人に状況を伝えておく
食事と運動
食事は「これを必ず食べる・避ける」という決まった答えがあるわけではなく、自分に合うものを見つけることが大切です。一般には、食物繊維は便の状態を見ながら量を調整し、脂っこいもの、刺激の強いもの、炭酸飲料、アルコール、カフェインは症状との関係を記録して判断します。一度に多く食べると症状が出やすいので、少量を分けて食べるとよいでしょう。水分はこまめにとります。運動は、散歩や軽いストレッチ、骨盤底筋体操など、無理なく続けられるものを毎日の習慣にすると、腸の動きと筋力の両方に良い影響が期待できます。
精神的健康と心の健康
排便のことは人に話しにくく、ひとりで抱え込んでしまいがちです。「また失敗したらどうしよう」という不安から外出を控え、気分が落ち込んだり、眠れなくなったりすることもあります。これは珍しいことではなく、決してあなたの弱さではありません。つらい気持ちが続くときは、がまんせずに医療者や信頼できる人に話してください。気持ちがとてもつらいとき、自分を傷つけたい気持ちがわいてきたときは、ためらわずに地域の救急(119番)や、かかりつけ医、お住まいの自治体のこころの健康相談の窓口に連絡してください。
予防
手術のあとの排便の変化を完全になくすことは難しいですが、軽くするための工夫はあります。手術の前に、起こりうる症状とその対処法について主治医・看護師から説明を受けておくこと、手術後は早い段階から排便の記録や骨盤底筋体操を始めること、困ったときに早めに相談することが大切です。放射線治療の有無や手術の方法は、がんの治療方針とあわせて主治医とよく相談して決めます。
検診プログラム
この症候群そのものを早く見つける検診はありませんが、もとになる大腸がんは検診で早く見つけられます。厚生労働省の指針では、40歳以上の方は年1回、便潜血検査(便に血が混じっていないかを調べる検査)を受けることが推奨されています。お住まいの自治体のがん検診の案内を確認してみてください。
合併症
治療しない場合
- 脱水や栄養不足、体重の減少
- 痔(いぼ痔・きれ痔)や肛門まわりの皮膚のただれ
- 夜間のトイレが増えることによる睡眠不足や転倒のリスク
- 外出や仕事、旅行を控えるようになり、社会生活が狭くなる
- 不安や落ち込み、孤立感が強くなる
長期的な見通し
低位前方切除症候群は、時間とともに良くなっていくことが多い状態です。手術後1年くらいまでは改善が期待でき、その後もゆるやかに落ち着いていく人が少なくありません。症状が長引く場合でも、食事や生活の工夫、リハビリ、必要な治療を組み合わせることで、日常生活はずいぶん送りやすくなります。ひとりで抱え込まず、医療者と一緒に少しずつ調整していくことが、いちばんの近道です。
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最終更新: 2026年10月24日
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