胚の凍結保存(はいとうけつほぞん)— 将来の妊娠のために知っておきたいこと
概要
胚(はい)の凍結保存は、体外受精や顕微授精(けんびじゅせい)といった不妊治療でできた「胚」を、将来の妊娠のために凍らせて保管しておく方法です。ここでいう胚とは、卵子と精子が受精して細胞分裂を始めた、ごく初期の命のもとになるものです。特殊な液体を使って瞬間的に凍らせる方法(ガラス化法)が広く使われ、解凍したあとも高い割合で元の状態に戻ると報告されています。凍結した胚は、液体窒素の入った専用のタンクの中で、とても低い温度で保管されます。保管するかどうか、いつまで保管するか、使わない胚をどうするかは、ご夫婦(パートナー)でよく話し合って決める大切なテーマです。
重要な事実
- 胚の凍結保存は「治療」ではなく、できた胚を将来のために保管しておく「保存」の処置です。痛みはなく、体に傷をつけるものでもありません。
- 凍結した胚は、採卵した周期に移植するよりも、体の状態を整えた別の周期に解凍して移植するほうがよい場合があります。医師と相談して決めます。
- 保管には費用がかかり、保管している施設の連絡先や住所の変更を届け出る必要があります。保管を続けるかどうかは、定期的に見直すことが勧められます。
- 日本では2022年4月から、体外受精などの生殖補助医療が公的医療保険の対象になりました。胚の凍結保存も、条件を満たせば保険の対象になる場合があります。詳しくは治療を受ける施設や加入している保険に確認してください。
はい、とてもよく行われています。日本では体外受精・顕微授精で受精した胚をいったん凍結して保存し、あとから解凍して移植する方法が一般的になっています。不妊治療を受けている方の多くが、何らかの形で胚の凍結保存を経験しています。
主に、体外受精や顕微授精を受けている方、これから受ける予定の方とそのパートナーです。年齢や体の状態によって、凍結できる胚の数や妊娠の見込みは変わります。また、がんで治療を受ける前などに、将来の妊娠に備えて胚を凍結する場合もあります。
症状
- 採卵のあとに、息が苦しい、胸が痛い、意識がぼんやりする、顔色が悪い(卵巣が大きく腫れて起こる合併症の可能性があります)
- 急に始まった強い下腹部の痛みが続き、立っていられない、体を丸めても楽にならない
- 止まらない多量の性器出血、またはふらつきや冷や汗を伴う出血
- 高熱(38.5℃以上)と激しい腹痛、嘔吐が同時にある
- ⚠お腹が張って苦しい、尿が出にくい、トイレが近い(卵巣が腫れているサインのことがあります)
- ⚠数日のうちに体重が急に増えた、手足や顔のむくみが強い
- ⚠38℃前後の発熱、続く吐き気や食欲の低下
- ⚠胚を移植したあとの強い腹痛や、続く出血
一般的な症状
- 胚の凍結保存そのものによる症状はありません。凍結も解凍も体外(体の外)で行われるため、体に感じる変化はありません。
- 体の変化は、主に採卵(卵子を取り出す処置)や、その前のホルモン治療によるものです。
- 採卵のあと、下腹部の軽い張りや痛み、少量の出血があることがあります。ふつうは数日で落ち着きます。
- ホルモンの注射や薬の影響で、気分の変化、乳房の張り、眠気、頭痛などを感じることがあります。
- 胚を移植したあと、軽い腹痛や少量の出血があることがあります。着床のころに起こることもあります。
子供の症状
- 胚の凍結保存は、妊娠を希望する成人の方を対象とした処置で、小児には行いません。
- ただし、小児期にがんなどの治療を受ける場合、将来の妊娠に影響が出る可能性があります。そのときは、卵子や卵巣組織を凍結しておく方法(胚の凍結とは別の方法)が検討されることがあります。
- お子さんの治療前に、未来の選択肢について主治医や専門の相談窓口に相談してみてください。
高齢者の症状
- 胚の凍結保存を受けるのは、主に妊娠を希望する年齢の女性です。
- 年齢が上がるほど妊娠率は下がる傾向があるため、保存した胚をいつ、どのくらいの期間で使うかを早めに話し合っておくことが大切です。
- 40代以降では、妊娠・出産に伴う体の負担が大きくなる場合があり、母体の健康状態をふまえた相談が必要です。
原因
主な原因
- 体外受精や顕微授精で受精した胚を、その周期に移植せず、あとで使えるようにとっておきたいとき
- 採卵した周期は体の状態が整いにくい、または移植に適した状態にならないとき
- いったん治療を休みたい、仕事や家庭の事情で時期を調整したいとき
- 胚を複数つくっておき、移植を何回かに分けて試したいとき
- がんなどの治療をこれから受ける予定があり、将来の妊娠に備えたいとき
リスク要因
- 年齢:採卵時の年齢が高いほど、凍結できる胚の数が少なくなったり、妊娠率が下がったりすることがあります。
- 卵巣の機能:卵子の数や質は生まれつき個人差があり、検査でおよその目安がわかります。
- 体の状態:喫煙、極端なやせや肥満、睡眠不足などは、治療全体の結果に影響する可能性があります。
- 採卵後の合併症:卵巣が腫れる状態(卵巣過剰刺激症候群)が起こると、保管どころか体調の管理が優先になります。
- 保管の管理:連絡先の変更を届け出ていない、費用の支払いが滞っているなどで、保管が続けられなくなることがあります。
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 採卵のあとに息苦しさ、胸の痛み、強い腹痛、尿が出ないなどの症状があるときは、すぐに医療機関に連絡するか救急要請(119)をしてください。
- 発熱と激しい腹痛が同時にあるとき
- 多量の出血が続くとき、またはふらつきを伴う出血があるとき
- 胚の移植後に、耐えられないほどの腹痛や、続く出血があるとき
定期受診を予約すべき場合:
- 凍結した胚をいつ頃使うか、保管を続けるかどうか迷っているとき
- 保管の更新の時期が近づいている、費用の支払い方法を相談したいとき
- 引っ越しや結婚・離婚などで、連絡先や家族の状況が変わったとき
- 治療を再開したい、または休みたいと考えたとき
- 気分の落ち込みや不安が続き、生活に支障が出ているとき
診断
胚の凍結保存は「病気を診断する」ものではなく、治療の計画のなかで必要かどうかを判断するものです。医師は、これまでの治療の経過、体の状態、卵子や精子の状態などを総合して、凍結保存が適しているかを一緒に考えます。判斷の前に、いくつかの検査を受けることが一般的です。
行われる可能性のある検査
- 問診:これまでの治療歴、月経の状態、既往歴、服用している薬などを確認します。
- 超音波検査:卵胞(卵子が入った袋)の数や大きさ、子宮内膜の厚さを観察します。体への負担はほとんどありません。
- 血液検査:ホルモンの値から卵巣の働きの目安をみたり、感染症の有無を確認したりします。
- 精液検査:精子の数や動きを確認します。
- 必要に応じて、子宮の形をみる検査や、子宮内膜の状態をみる検査を行うことがあります。
- 凍結前には、ご夫婦(パートナー)双方の同意書の確認と、保管の期間・費用・使わなかった場合の取り扱いについての説明があります。
診察で予想されること
検査は外来で行えるものがほとんどで、結果は数日から1〜2週間ほどで分かることが多いです。説明のあと、同意書を交わして凍結保存が始まります。費用や保管のルールは施設ごとに異なるため、最初に書面で確認しておくと安心です。
治療
胚の凍結保存は、大きく分けて「凍らせる」「保管する」「解凍して使う」の3つの段階があります。凍らせるときは、胚を特殊な溶液で守りながら、とても低い温度の液体窒素の中で瞬間的に凍らせます。保管中は専用のタンクの中で安定した状態が保たれます。使うときは、必要な胚だけを取り出して解凍し、子宮に戻します(胚移植)。どの段階も体外で行われるもので、痛みはありません。
自宅でのセルフケア
- 治療のスケジュールと費用を、あらかじめカレンダーに書き出しておくと気持ちが整理されます。
- 保管している施設の連絡先、担当者の名前、保管の更新時期を手元にまとめておきましょう。
- 引っ越しや電話番号・住所の変更があったら、早めに施設へ届け出てください。
- 採卵のあとは、激しい運動や長時間の入浴を控え、ゆっくり休むようにしましょう。
- 体調の変化を記録しておくと、受診のときに伝えやすくなります。
- パートナーと、保管をいつまで続けるか、使わなかった胚をどうするかを、気持ちに余裕のあるときに話し合っておきましょう。
医療治療
治療の流れは、まず採卵の前のホルモン調整、次に採卵、体外での受精、そして胚の凍結という順番になります。凍結した胚を使うときは、薬やホルモン補充によって子宮内膜を移植に適した状態に整え、解凍した胚を子宮に戻します。移植のあとは、着床を助けるためのホルモンの補充が一定期間続くことがあります。使う薬の種類や量、期間は体の状態によって変わるため、必ず主治医の指示に従ってください。胚をいくつ凍結するか、何回移植するかは、年齢や胚の状態をふまえて相談して決めます。
手術が検討される場合
胚の凍結保存そのものは手術ではありません。ただし、採卵は腟から細い針を刺して行う処置で、まれに出血や感染、卵巣が大きく腫れる合併症が起こることがあります。強い痛みや発熱がある場合は早めに連絡してください。また、卵巣がねじれる(卵巣捻転)などの緊急の状態になった場合は、手術が必要になることがあります。
この病気と共に生きる
凍結した胚があるということは、将来の選択肢をひとつ確保しておくことでもあります。保管中は通院の必要はありませんが、更新の時期や費用の支払いを忘れないようにしましょう。治療を休んでいる期間も、体と心をいたわる時間として大切にしてください。
生活習慣のアドバイス
- 禁煙は、妊娠を考えている方にもパートナーにも勧められます。
- 適正な体重を保つことは、治療全体の結果を支える要素のひとつです。極端な食事制限は避けましょう。
- 十分な睡眠と、無理のない範囲の運動を心がけましょう。
- アルコールは控えめに。治療中は飲まない選択をされる方も多くいます。
- 仕事と通院の両立が難しいときは、職場の制度や両立支援の仕組みを早めに確認しておくと安心です。
食事と運動
特別な食事法が必要なわけではありません。主食・主菜・副菜をそろえたバランスのよい食事を、規則正しくとることが基本です。葉酸を含む食品(緑黄色野菜や豆類など)を意識してとるとよいといわれますが、不足が気になる場合は自己判断でサプリメントを始める前に医師や管理栄養士に相談してください。運動は、ウォーキングなど息が上がりすぎない程度のものを、無理のない範囲で続けるのがおすすめです。採卵のあとしばらくは、激しい運動を控えてください。
精神的健康と心の健康
不妊治療は、期待と不安が何度も入れ替わる、心の負担の大きい経験です。凍結した胚があることで安心する一方、「いつ使おう」「うまくいかなかったらどうしよう」と迷うことも自然なことです。落ち込みや不安が続いて眠れない、日常生活がつらいと感じるときは、一人で抱え込まずに医療機関の相談員や自治体の相談窓口を頼ってください。気持ちが非常に追い詰められていると感じたら、地域の相談サービスやいのちの電話などの専門の相談先に、すぐに連絡してください。
予防
胚の凍結保存は治療の一部として行うものなので、「防ぐ」という考え方はあてはまりません。ただし、保管に関するトラブルは工夫で減らせます。連絡先の変更をこまめに届け出る、更新時期と費用をカレンダーに記録する、同意書の内容を夫婦で読み返しておく、といったことが役立ちます。治療中の体調管理としては、禁煙や適正体重の維持、睡眠をしっかりとることが、結果を支える土台になります。
検診プログラム
治療を始める前や移植の前には、感染症の検査や子宮の状態をみる検査が行われます。また、保管を続けるかどうかは、年に一度など定期的に夫婦で見直すことが勧められます。年齢を重ねるほど妊娠率は下がるため、移植の時期についても早めに主治医と相談しておくと安心です。
合併症
治療しない場合
- 凍結保存をしない場合は、その周期にできた胚をそのまま移植するか、胚を保存せずに終えることになります。将来の選択肢はその分だけ少なくなります。
- 長期間の保管が続くと、保管料の負担が大きくなったり、保管していることを忘れてしまったりすることがあります。
- 離婚やパートナーの死亡など、状況が変わったときに、胚の扱いをめぐって話し合いが必要になることがあります。
- 保管していた施設が閉鎖されると、胚の移動(移送)が必要になり、手続きに時間と費用がかかることがあります。
- 採卵のあとに卵巣が大きく腫れる状態(卵巣過剰刺激症候群)が起こると、入院が必要になることがあります。
長期的な見通し
胚の凍結保存の技術は年々進歩しており、凍結した胚を解凍して妊娠・出産に至る方はたくさんいます。凍結保存は、将来の選択肢を残すための心強い仕組みです。うまくいかない時期があっても、それはあなたのせいではありません。主治医や相談スタッフと一緒に、納得できるペースで進めていくことが何より大切です。
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最終更新: 2026年11月3日
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