精子凍結保存(精子バンキング)
概要
精子凍結保存は、将来子どもが欲しくなったときのために、自分の精子をあらかじめ凍結して残しておく方法です。「精子バンキング」とも呼ばれます。精子はとても小さな細胞ですが、マイナス196℃くらいの液体窒素の中で、長い間ほとんど変わらない状態のまま保存できます。保存しておいた精子は、あとで体外受精(卵子を体の外で精子と出会わせる方法)や顕微授精(精子を卵子に直接入れる方法)などに使うことができます。病気の治療で精子を作る力が下がるかもしれないときや、将来に備えたいときに選ばれる方法です。
重要な事実
- 精子は専用の液体窒素の中で長期間保存でき、何年も保管しておくことができます。
- 精子の採取は、多くの場合、自分で射精して集める方法です。通常2〜5日ほどの禁欲(射精を控えること)が必要です。
- 1回の採取だけでは心もとないため、複数回の採取をお願いされることがあります。
- 保存した精子で妊娠をめざすときは、体外受精や顕微授精といった生殖補助医療が必要になります。
- がんでの治療など、時間に限りがあるときは、治療開始までの短い間に急いで行うこともあります。
がん治療を受ける人の「妊孕性温存(にんようせいおんぞん=将来子どもを持つ力を残しておくこと)」として広く行われています。日本では、厚生労働省の事業として、小児・AYA世代(思春期から若い成人まで)のがん患者などに対する妊孕性温存の支援が行われてきました。健康な人が将来に備えて行うこともあり、決して特別なことではありません。
思春期に入り精子を作れるようになった男性が対象です。思春期前の男の子はまだ精子を作っていないため、通常は精子の凍結保存はできません。年齢の上限は特にありませんが、年齢が上がると精子の数や運動率が下がることがあるため、早めの相談がすすめられます。
症状
- 精巣(睾丸)に突然、激しい痛みが出た
- 陰嚢(いんのう)が急に大きく腫れて、強い痛みがある
- 陰嚢の腫れと高熱が同時にあり、ぐったりしている
- ⚠がんでの治療開始が数日後に決まっていて、保存の相談をする時間がほとんどない
- ⚠採精のあと、陰嚢の腫れや痛みが続いている
- ⚠発熱や強い痛みで、予定していた採精ができない
一般的な症状
- 精子凍結保存は病気ではないため、体の症状はありません。
- 次のような状況で「考えてみたい」と相談されることが多くあります。
- がんで化学療法(抗がん薬による治療)や放射線治療を受ける前に、子どもを持つ可能性を残したい
- 精巣(睾丸)や前立腺などの手術を控えている
- 性別適合のためのホルモン治療を始める前に、精子を残しておきたい
- 不妊治療をしていて、採精が難しい日のために備えたい
- パイプカット(精管切除術)を受ける前に、あとで考えが変わる可能性に備えたい
子供の症状
- 思春期前の男の子はまだ精子を作っていないため、精子の凍結保存は通常できません。
- 思春期に入り、精通(初めての射精)があるかどうかが一つの目安になります。
- 思春期前のお子さんでは、精巣の組織を凍結する方法が研究段階で検討されています。専門の施設に相談してください。
- お子さんの気持ちとプライバシーを大切にしながら、家族で話し合うことが望まれます。
高齢者の症状
- 年齢が上がると精子の数や運動率が下がることがありますが、凍結保存自体は可能です。
- パートナーの年齢も妊娠のしやすさに大きく関わるため、二人で相談して決めることが大切です。
- 持病や飲んでいる薬がある場合は、保存の前に主治医と相談してください。
原因
主な原因
- がん(特に精巣腫瘍、白血病、リンパ腫など)に対する化学療法や放射線治療
- 精巣や骨盤の中の手術
- 性別適合のためのホルモン治療
- 精管切除術(パイプカット)を受ける前の備え
- 不妊治療で、採精が難しい日に備えたいとき
- 仕事などで、生殖機能に影響する可能性のある物質に触れるとき
リスク要因
- 若い年齢でがんや血液の病気と診断された
- 精巣腫瘍、リンパ腫、白血病などの治療が予定されている
- 両側の精巣に手術が必要とされている
- 性別適合のホルモン治療を予定している
- 喫煙、肥満、過度の飲酒など、精子の質を下げる生活習慣がある
- 高温の環境(サウナ、長時間の運転など)に長くさらされる生活をしている
受診の目安
緊急で受診すべき場合:
- 治療開始日が決まっていて、あまり時間がない
- 陰嚢に急な痛みや腫れがある
- 採精のあと、痛みや腫れが引かない
定期受診を予約すべき場合:
- 将来子どもを持ちたいと考えている
- がんや血液の病気の治療、手術を予定している
- 性別適合のホルモン治療を考えている
- パイプカットを考えている
- 不妊治療中で、精子を残しておきたい
診断
精子凍結保存は病気の診断ではありません。保存を希望するかどうかを話し合い、精子の状態を調べて、安全に保存できるかを確認する流れになります。まず問診で、これまでの病気、飲んでいる薬、治療の予定、子どもを持つことについての希望を聞きます。次に精液を採取して検査し、精子の数や動きを調べます。施設によっては感染症の検査も行われます。説明を受けて納得したうえで、保存の契約に進みます。
行われる可能性のある検査
- 精液検査(精子の数、運動率、形などを調べます)
- 血液検査(感染症の検査を含むことがあります)
- 必要に応じてホルモン検査や超音波検査
- 精液に精子が見つからない場合、精巣から精子を取り出す検査が検討されることがあります
診察で予想されること
精液の採取は、施設の個室で行う場合と、自宅で採取して指定の時間内に持参する場合があります。結果は多くの場合数日でわかり、問題があれば再検査や再採取をお願いされることがあります。保存の期間、費用、更新の連絡方法についても説明があります。緊張するかもしれませんが、プライバシーは守られるので、わからないことは遠慮なく質問してください。
治療
精子凍結保存は「治療」というより、精子を残しておくための手続きです。採取した精液を検査し、問題がないことを確認したうえで、専用の保護液と混ぜて少しずつ凍結し、液体窒素の中で保管します。あとで使うときは、凍結した精子を溶かしてから、体外受精や顕微授精などの生殖補助医療に進みます。精子の状態によっては、複数回の採取をお願いされることがあります。
自宅でのセルフケア
- 採取の前は、施設に指示された日数(多くの場合2〜5日)禁欲します。
- 採取の前日は深酒を避け、よく眠るようにします。
- 自宅で採取して持参する場合は、体温に近い状態を保ち、指定された時間内(多くは1時間以内)に届けます。
- 予約日、持ち物、受付の場所を前もって確認しておきます。
- 費用や保存期間の契約内容を、家族やパートナーと話し合っておきます。
医療治療
保存の手順は、採取、検査、凍結、保管という流れです。飲み薬や注射で精子を凍結保存するわけではありません。保管は施設が責任をもって管理し、使うときには凍結した精子を溶かして、体外受精や顕微授精などの生殖補助医療に進みます。精子の数が少ない場合などは、複数回の採取を重ねて、妊娠に使える可能性を少しでも高める工夫がされます。具体的な方法や費用は施設ごとに異なるため、説明を受けてから決めましょう。
手術が検討される場合
精液の中に精子が見つからない場合(無精子症)は、精巣から直接精子を取り出す手術が行われることがあります。手術が必要かどうかは、検査の結果と施設の体制によって判断されます。
この病気と共に生きる
保存した精子は施設が管理してくれるので、日常生活で特別なことをする必要はありません。ただし、連絡先の変更を届け出たり、保管の更新の連絡に対応したり、費用を支払ったりする必要があります。保存を続けるかどうかは、人生の節目ごとに見直してかまいません。
生活習慣のアドバイス
- 禁煙を心がける(煙は精子の質に影響します)
- 適正な体重を保つ
- 飲酒はほどほどにする
- 睡眠を十分にとる
- サウナや長風呂など、体を高温にさらす時間をほどほどにする
- パートナーや家族と、将来の希望について話しておく
食事と運動
特別な食事療法があるわけではありませんが、バランスのよい食事は精子の状態を保つ助けになります。野菜、果物、たんぱく質を毎日の食事に取り入れ、極端なダイエットは避けましょう。ウォーキングなどの適度な運動は、体調とストレス管理の両方に役立ちます。激しすぎる運動や、体を酷使するトレーニングはかえって負担になることがあります。サプリメントは自分で判断せず、医師や薬剤師に相談してください。
精神的健康と心の健康
「将来子どもを持てるのだろうか」という不安は、自然な気持ちです。がんの診断と治療の準備が重なる時期は、気持ちの整理がつかないこともあるでしょう。つらさを一人で抱え込む必要はありません。病院の医療ソーシャルワーカーや心理士、がん相談支援センターなどに話してみてください。気持ちが追い詰められて自分を傷つけたいと考えたときは、すぐに119番に連絡するか、地域の救急・相談窓口を頼ってください。
予防
精子凍結保存は、不妊を防ぐ方法というより、将来の選択肢を残しておく備えです。すべての不妊を防ぐことはできませんが、禁煙や適正体重を保つことなどで、精子の質を守れる部分はあります。そして何より大切なのは、がんの治療や手術、ホルモン治療が始まる前に、「将来子どもを持つことについて」を主治医に伝えることです。
検診プログラム
がんや血液の病気の診断を受けたとき、手術やホルモン治療を予定しているときは、治療が始まる前に妊孕性(将来子どもを持つ力)について主治医に確認してください。日本では、厚生労働省の事業をはじめ、妊孕性温存についての相談窓口や支援の仕組みがあります。
合併症
治療しない場合
- 治療によって精子を作る力が大きく下がると、自分の精子で子どもを持つことが難しくなる可能性があります。
- 保存していても、妊娠を必ず約束するものではありません。
- 保存を続けるには費用がかかり、保管期間や更新の連絡を自分で管理する必要があります。
- 子どもを持つ方法は、保存以外にもあります(精子提供、養子縁組など)。
長期的な見通し
希望を持ってよい領域です。凍結した精子を使って妊娠された方は数多くいますし、保存の技術は年々進歩しています。たとえ保存が難しかったとしても、子どもを持つ道はほかにもあります。時間が限られているときでも、相談できる窓口はあります。まずは一歩、話してみてください。
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最終更新: 2026年11月3日
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